九大から新たに生まれた社会実装を加速する
九大OIP株式会社

「総合知で社会変革を牽引する大学」を目指す九州大学。その実現に向けて、この春、学内の産学官連携組織であったオープンイノベーションプラットフォーム(以下、OIP)を子会社化し、九大OIP株式会社を設立しました。なぜ今、外部法人化なのか。法人化することで何ができるのか、同社代表取締役に就任した大西教授と、コーディネーターのお二人にお話を伺いました。

なぜ今、外部法人化なのか。九州大学が目指す産学官連携とは

本年4月1日に「九大OIP株式会社」が設立されました。設立の経緯をお聞かせいただけますか。

大西 OIPはオープンイノベーションプラットフォームの略で、学内に点在する産連組織を統合し、産学官連携機能を強化することを目的に、2022年、九州大学の学内組織として設立されました。それから約2年活動してきて、共同研究や知的財産権の収入額や、大学発スタートアップの創出件数など、九州大学が掲げた産連目標の達成は見えてきました。しかし、共同研究やスタートアップはあくまで手段でしかありません。九州大学が目指すべきところは、その先にある新たな産業や雇用の創出です。そう考えたとき、OIPが学内の組織のままでは達成が難しいと考え、法人化という形をとりました。

法人化すると何が変わるのですか。

大西 一つはスピードです。学内組織の場合、計画を遂行するためには委員会による合意形成が必要です。そうすると、どうしても意思決定に時間がかかります。もちろん、議論をすることは大切です。そうすべき案件はしっかり議論しますが、「トライ&エラー」を繰り返すほうが圧倒的にアウトプットの良いものもあります。そうした案件は、機動的に動ける会社組織でスピーディーに意思決定を行い遂行するほうが良いのです。もう一つは人材です。学内で採用すると5年の有期雇用になりますので、高度人材の定着が難しくなります。しかし、法人であれば正社員として雇用でき、期限がありません。雇われるほうも安心して働くことができますし、キャリアパスも見えてきます。

■産学官連携活動の先にある産業や雇用の創出を目指してOIPを外部法人化

産学官連携活動の先にある産業や雇用の創出を目指してOIPを外部法人化

安部さんと秋柴さんは法人化に伴って、九州大学の雇用(有期)から九大OIPの正社員になられたと聞きましたが、どのように思われていますか。

秋柴 アカデミアでは有期雇用はよくあることなので、大学に応募するときはあまり問題ではないかなと考えていました。しかし、将来を考えるうえではやはり無期雇用の方が良いですし、特に知財を担当する立場から考えても、正社員になってよかったと思っています。理由は、特許が成立するまでに時間がかかるからです。一般的に3年から5年かかりますので、有期雇用だと出願したタイミングによっては、特許が成立するまで見届けることができません。しかし、正社員であれば、出願から成立まで携わることができますから、やはりモチベーションが違います。

安部 私は、今一緒に働いている人たちと、この先もずっと仕事ができると思うとうれしいですね。今までに感じたことのない安心感があります。

ところでお二人は、どのような経緯で九州大学のOIPに採用となったのですか。

安部 私は関西で仕事をしていましたが、福岡出身でいずれは地元に戻りたいと思っていましたので、九大が産学官連携組織を作ると聞いて、福岡に戻る良い機会だと思いジョイン(参加)させてもらいました。

秋柴 私は、九大に採用される前はドイツの研究所でポスドクとして働いていました。次のキャリアについては、以前から興味があった大学の産学官連携の仕事に就きたいと思っていたので、たまたま募集記事をネットで見つけて応募しました。

大西 ドイツから、郵送で履歴書が届いたので驚きましたよ(笑)。オンラインで面接をして即採用しました。その後、ラオスで10年以上実績を積んだコーディネーターもジョインして、優秀な人材が集まってくれました。法人化したことによって、人材獲得や育成のあり方はさらに変わると思います。今後が楽しみです。

従来難しかった事業化の領域を九大OIPが担い産業を創生

一般的に研究開発から事業化に至るまでには、3つの壁があると言われますが、九大OIPは、どの段階をコーディネートされているのですか(図1参照)。

図1

事業化に至るまでの3つの壁(社会実装の過程における難所のこと)

①魔の川:基礎的な研究段階と具体的な製品開発の段階を隔てる壁。研究結果が製品開発に結びつかないことも多く、事業化の5年ほど前に経験することが多い

②死の谷:製品化から事業として発展させる事業化へと進む段階に立ちはだかる壁。事業化してすぐに直面する難所であり、収益が得られるまで時間を要し、大きな資金調達が必要となる

③ダーウィンの海:事業化から事業成功までの間にある壁

図1
事業化に至るまでの3つの壁(社会実装の過程における難所のこと)
①魔の川:基礎的な研究段階と具体的な製品開発の段階を隔てる壁。研究結果が製品開発に結びつかないことも多く、事業化の5年ほど前に経験することが多い
②死の谷:製品化から事業として発展させる事業化へと進む段階に立ちはだかる壁。事業化してすぐに直面する難所であり、収益が得られるまで時間を要し、大きな資金調達が必要となる
③ダーウィンの海:事業化から事業成功までの間にある壁

大西 基礎的な研究と製品開発を隔てる壁、いわゆる「魔の川」を乗り越えることは、産学官連携において大変重要で学内組織のときから力を入れてきました。安部さんや秋柴さんの仕事の領域です。しかし、その次の開発から事業化に至る領域は、サイエンスでなくなるため、学内の産学官連携が携わることが難しく、どこかに託すしかありません。とはいえ、製品化には時間がかかります。開発リスクが高く、企業も簡単には動いてくれません。そこで、今後はその領域も九大OIPがサポートしていきます。

そのことで九大が得られるものは。

大西 製品化までのスピードが上がり、今まで以上に社会実装の数が増えると思います。雇用も生まれ、産業が活性化し「社会変革を牽引する」という九大のミッション達成に近づきます。また、社会実装に向けた多くのケーススタディが生まれますから、研究者はもちろん、自治体や地元経済界からの期待も大きいです。

知財の専門家が特許出願から企業への営業活動までサポート

コーディネーターは具体的にどのようなことをされているのですか。

安部 私たちは知的財産の観点から、発明やアイデアを製品化するためのコーディネートを行っています。コミュニケーションの始まりは特許ですね。大学の研究者から発明やアイデアの特許を取得できるかと相談を受けるので、そこから内容を確認し事業化に向けて戦略を考えます。

秋柴 研究者が特許の相談に来られるときは、研究を実用化したい、企業に活用してほしいなど、既に目的をお持ちの場合が多いですね。

安部 ただ特許出願には費用がかかります。全ての発明のリクエストに応えるのは難しいので、まずは発明を活用してくれるところがあるか、私たちが直接企業に話を聞きにいきます。そこでいただいた意見は特許出願の判断に使いますが、足りない部分もありますので、出願の準備をしつつ、どのようにして足りない部分を埋めていくかを考えます。特許出願後は、権利獲得のために動きながら、発明を活用してくれる企業を探します。知財の専門家が営業活動まで行うのは、当社のユニークなところだと思います。

大西 九州大学はライセンス獲得にも力を入れており、全国の大学における知的財産権の収入で2020年度は全国2位、それ以降も毎年上位を占めています。特許を取得し製品化が実現した場合、その売り上げの数パーセントが大学に入る契約が多いので、知的財産権の収入は、九大の研究成果が社会に活用されているという指標にもなっています。

将来はホールディングス化し、高度人材の仕事創出を目指す

コーディネーターとして法人化に期待することは。

安部 法人化されて、専門領域だけでなく全学を見るようになりましたので、ある異なる分野の先生方の研究を融合したら面白いものができるのではないかといった話が、既にコーディネーターから出ています。個人的には、私たち知財のチームだけではなく、他のチームとも協力して仕事をできるのが楽しみです。また、学内の組織の場合、雇用されたセクションの領域内での仕事でしたが、今後は部署異動などで、新しいキャリア形成ができるチャンスがあるかもしれません。事業を立ち上げたり、新しい会社を作ったり、さまざまな業務に携わることができればと思っています。

ポッドキャスト番組『知ノベーション』最先端の研究成果を音声で発信!

秋柴 私は、自分の業務とは直接関係ないのですが、法人化を機に、有志でポッドキャストチャンネルを開設しました。九大OIPが何を行っているのかわかりやすく伝え、研究者の方をはじめ多くの方に九大OIPという産学官連携組織があることを知ってもらい、私たちの仕事にも興味を持っていただきたいと思っています。

最後に、九大OIPの今後のビジョンをお聞かせください。

大西 現在、「いとLab+(いと・らぼ・ぷらす)」の研究棟に入っていますが、将来は、このサイエンスパークを4倍ぐらいに広げて、1000人規模の会社を作りたいと思っています。九大OIPをホールディングス化し、その下に建築DXや半導体などの事業会社を作る予定です(図2参照)。バリューチェーンを構成する周辺の会社も集め、産業創生の最大化を図ることで、「東京でなくても研究を活かせる仕事が伊都にある」という当たり前の環境を築きたいと考えています。現在、一緒に働く仲間を募集中です。サイエンスに興味があり、新しいことに挑戦したい人はぜひ連絡ください。一緒に社会変革を実現しましょう。

図2

建築DXによる地域創生

 建築DXとは、建築業界にデジタル技術を取り入れることで、現在抱えている課題の解決を目指す取り組み。
 九州大学には、日本で唯一の建築環境シミュレーションソフトを開発した人間環境学研究院の尾崎明仁教授がおり、尾崎教授の建築環境シミュレーション(THERB)は、建築全体(多数室)の熱・水分・空気移動の連成計算が可能であり、国土交通大臣により認定されたソフトである。尾崎教授以外にも九州大学には建築DXの専門家が在籍しており、今後更なる技術を生み出す可能性を秘めている。
 一方で、日本の建築会社にDX人材がほとんどおらず、現状で尾崎教授のソフトを使いこなせる会社は、ほとんどない。
 そこで九大OIP株式会社は、技術・設備・教育・ジョブを作ることができる建築DXの会社の起業を検討し、九州の建築業界の活性化にはつなげようとしている。

九大OIP㈱の役割

既存の産連支援機能であるOIPに加えて、2つの事業を展開

教育・研究への還元(貢献) 大学を取り巻くコミュニティの形成(高度人材のジョブの創出)

イノベーションチャレンジファンドから、POC(Proof of Concept)資金などで起業を支援する。POCは、起業するにあたりアイデアや技術が実際の市場で実現できるか確認するための検証であり、リスクの低減が見込める。事業が成功すると、株式などの形で還元され、新たなイノベーションチャレンジファンドとして活用する好循環が生まれる。

  • 従来のGAPファンド(助成金)を進化
  • 起業準備資金を還元型に変え、一方で、起業支援は強化
  • 研究段階から外部経営者候補をアサイン

開発法人は、九大OIP株式会社からの出資、九州大学から研究成果の提供、企業などからの研究開発資金を受け、事業実施を支える。開発法人が得た資金は、九大OIP株式会社や九州大学に還元され、大学の資金獲得にも貢献する。

  • 企業から開発資金を得ながら技術提供していくスキームを組成
  • 修了生などの高度人材の専門性に関連した開発事業の仕事の創出
  • 持続的に大学内の教育研究と紐づけた事業を実施

新会社の概要

会社名 九大OIP株式会社 Kyushu University Open Innovation Platform Co., Ltd.

株 主 国立大学法人九州大学(100%出資・完全子会社)

設 立 2024年4月1日

所在地 【本社】 福岡市西区九大新町5-5 いとLab+ 研究開発棟111号室

役 員 【代表取締役】 大西 晋嗣(副理事)
【取締役】 福田 晋(理事・副学長)、 佐々木 一成(副学長)、 髙田 仁(教授)
【監査役】 片岡 之総(理事)

従業員 40名

事 業 受託事業:大学産学官連携の実務(共同研究、知財、ベンチャー創業支援、リカレント事業など)
自主事業:開発法人、イノベーションチャレンジファンド、リカレント事業

九州大学 副理事(産学官連携担当)
学術研究・産学官連携本部
本部長補佐/教授
大西 晋嗣
2003年、京都大学大学院農学研究科を修了。07年、関西TLO株式会社入社、13年から18年まで代表取締役社長。2020年、九州大学学術研究・産学官連携本部教授に就任。同年10月より九州大学副理事(産学官連携)。24年4月より九大OIP株式会社・代表取締役。

九大OIP株式会社
准主幹コーディネーター
安部 英理子
博士(農学)。九州大学で学位取得後、国内のさまざまな大学にて、ライセンス業務や知的財産マネジメント業務を中心に、技術移転業務に携わる。2023年より九州大学OIPサイエンスドリブンチーム研究推進准主幹。大学知財の権利強化・ライセンス活動に取り組む。24年6月より現職。

九大OIP株式会社
コーディネーター
秋柴 美沙穂
博士(薬科学)。京都大学で学位取得後、ドイツ・ヘルムホルツ研究所にてポスドクとして研究に従事。2021年より九州大学OIPサイエンスドリブンチーム学術研究員。大学知財の権利強化・ライセンス活動に取り組む。24年6月より現職。

この取材は2024年5月30日、いとLab+ 研究開発棟111号室で行いました。

※本内容は「九大広報129号(令和6年7月発行)」に掲載されています。