失われた命の声を聞く知られざる「法医学」とは

失われた命の声を聞く 知られざる「法医学」とは

近年メディアで取り上げられることが多い「法医学」。実は解剖だけでない、多岐にわたる学問です。
今回は、ドラマなどでは描かれない裏側も含め、法医学について九州大学大学院医学研究院の臼元 洋介教授に話を伺いました。

法医学って何?
「死」を扱う学問で、医学の中でも死者を診るのは病理学と法医学だけです。原因不明で亡くなった方(異状死体)を解剖などして、なぜ、どのように亡くなったのか(病死か、外傷か、薬毒物かなど)を科学的に調べていきます。法医学者は、医師免許を持つ医学の専門家であると同時に、科学的な手法で真実を追求する科学者でもあります。

医学研究院 法医学分野 臼元うすもと 洋介ようすけ 教授

2005年九州大学医学部卒業。初期臨床研修後、九州大学の大学院に進学し2010年博士課程を早期修了し、医学博士号を取得。
九州大学や横浜市立大学で法医学分野の助教・講師を経て、2020年にトロント大学で研究員、2023年より九州大学大学院医学研究院法医学分野の教授に就任。

医学研究院 法医学分野 臼元うすもと 洋介ようすけ 教授

2005年九州大学医学部卒業。初期臨床研修後、九州大学の大学院に進学し2010年博士課程を早期修了し、医学博士号を取得。
九州大学や横浜市立大学で法医学分野の助教・講師を経て、2020年にトロント大学で研究員、2023年より九州大学大学院医学研究院法医学分野の教授に就任。

Q.1司法解剖について教えてください

捜査の一環として行われる解剖です

死因が特定できない場合は、「解剖」が必要に。解剖にはいくつか種類がありますが、司法解剖は法医学教室が行う「法医解剖」のうちの1つです。犯罪性が疑われる場合に、刑事訴訟法に基づき警察などから依頼を受け行われます。ちなみに、犯罪見逃しなどの教訓を踏まえ、2013年に死因・身元調査法が施行されたことは法医学にとって大きな出来事でした。若く健康な人の死などそれまで日本では解剖が行われなかったようなケースも、死因や身元を明らかにするためこの法により解剖されるように。現在、法医学で扱うのは司法解剖と死因・身元調査法による解剖がほとんどです。

【法医解剖】

司法解剖 ←コレ!
犯罪性が疑われる死体の死因などを究明するために行われる。許可を出すのは裁判官。

行政解剖
犯罪性はないものの、死因が不明な死体に対して行われる。

死因・身元調査法による解剖
死因が不明な異状死体などについて、警察署長が遺族の承諾なしに死因究明や身元確認を目的として実施できる解剖。

承諾解剖
遺族の依頼に基づいて行われる解剖のこと。

Q.2実際に司法解剖ってどんなことをするんですか?

解剖だけじゃない!様々な角度から調べます

体を開いて解剖することが「司法解剖」だと思われている方が多いかもしれません。ですが、実際は解剖だけでなく、CT検査をしたり、血液などから薬毒物の有無を調べたり、採取した臓器の組織標本を作製して顕微鏡での検査も行います。それらのすべての結果を踏まえて、最終的に鑑定書を出すというのが「司法解剖」の流れになります。

警察などから依頼

警察などから依頼

死後CT

九大では最初に必ずCT検査を実施。体を傷つけることなく3D画像を作成できる。空気や骨折を把握しやすい。

解剖

解剖し体内の状況を確認しながら同時に記録も。ここで採取した臓器の組織を病理担当へ(検査技師が標本に)。

病理・中毒・生化学検査

光学顕微鏡を使い、病理担当の検査技師が作成した組織標本で異常の有無を確認。
25mプールいっぱいの水に目薬1滴分の薬毒物が混入していても検出できるという高性能分析計「LC/MS/MS」。薬物などが含まれているかどうかを確認するために行われる。

分析担当S先生

私は主に、亡くなった方がどんな薬を服用していたのか、何の中毒なのかを検査しています。薬毒物の検査については、血液などの試料に含まれている多成分を一斉にかつ高速で分析できる高性能分析計など、様々な種類の機器を駆使しています。

分析担当S先生

私は主に、亡くなった方がどんな薬を服用していたのか、何の中毒なのかを検査しています。薬毒物の検査については、血液などの試料に含まれている多成分を一斉にかつ高速で分析できる高性能分析計など、様々な種類の機器を駆使しています。

鑑定書発行

Q.3先生の仕事内容と法医学者になられたきっかけは?

「やってみないと分からない」に興味

主な仕事は、解剖に加え、九大生への「法医学」の授業、学外の例えば警察などへの講義や学会発表、さらに論文執筆も行っています。時には、証言をしに裁判所へ出廷することも。この道へ進んだのは、大学時代に「法医学」の授業を受けたのがきっかけです。

法医学は特殊で、教科書を読んでもイメージが湧かず、実際にやってみないと分からないところが興味深いと思いました。大学卒業後に臨床研修を2年行い、そこで臨床についてはイメージが持てたのですが、「やっぱり法医学のことはやらないと分からない」と考え、法医学の道へ進むことを決意。大学院で法医学を学んで助教になり、横浜市立大学を経て、2023年に九州大学へ戻ってきました。

Q.4やりがいを教えてください

死因などが分かったときはホッとします

解剖によって死因などが分かったときは、やりがいを感じるというよりは、ホッとします。解剖したのに「分からない」というのが一番つらいので。ちなみに、いろいろな法医学教室があるので一概には言えませんが、私たちは基本的にご遺族とはお会いしません。ですので、亡くなった方の情報をご遺族へ伝えるのは法医学の役割の1つではありますが、それに対してご遺族から直接声をかけていただくこともほとんどありません。ただ、警察を通して感謝の意を伝えられることはあります。

解剖によって死因などが分かったときは、やりがいを感じるというよりは、ホッとします。解剖したのに「分からない」というのが一番つらいので。ちなみに、いろいろな法医学教室があるので一概には言えませんが、私たちは基本的にご遺族とはお会いしません。ですので、亡くなった方の情報をご遺族へ伝えるのは法医学の役割の1つではありますが、それに対してご遺族から直接声をかけていただくこともほとんどありません。ただ、警察を通して感謝の意を伝えられることはあります。

法医学を扱ったドラマや小説は私も一視聴者・読者として楽しんでいます。ドラマなどで法医学者とご遺族が直接会う場面は感動的ですが、実際はほとんどお会いすることがないんですよ

Q.5仕事をするうえで気を付けていることは?

情報や推測の提示は慎重に行います

解剖で判明した亡くなった方の情報は、遺族にとって必ずしも「よかった」ということばかりではないので、その点は気を付けています。

また、解剖により「なぜ亡くなったのか」「どういうふうに事故が起きたか」などについて分かるのが一番だと思っていますが、情報やそれに基づいた考え・推測などをどこまで提供するのかということも毎回気を配っています。自分や法医学教室の推測が、誤った方向へと導いてしまう危険性もはらんでいますので。毎回その判断については悩ましく思っています。

Q.6職業病はありますか?

ニュースは気になって見てしまいます

やはり、事件や事故のニュースは見てしまいますね。その事件や事故で、亡くなっている人がいるのかどうかなども含めて気になります。他にも新しい薬物のニュースなどを見ると、私たちの法医学教室でそれが分析できるのかどうか、(Q.2で紹介した)薬毒物の検査機器のデータベースにその薬物を入れるべきかなどを皆で話し合ったりすることもあります。そういった意味では、ニュースを見ることが、結果的に仕事につながっている面もありますね。

やはり、事件や事故のニュースは見てしまいますね。その事件や事故で、亡くなっている人がいるのかどうかなども含めて気になります。他にも新しい薬物のニュースなどを見ると、私たちの法医学教室でそれが分析できるのかどうか、(Q.2で紹介した)薬毒物の検査機器のデータベースにその薬物を入れるべきかなどを皆で話し合ったりすることもあります。そういった意味では、ニュースを見ることが、結果的に仕事につながっている面もありますね。

Q.7今後の法医学の展望は?

遺伝性の疾患が判明したときの連携を

「(死因などが)もっと分かるようになればいいな」と思います。諸外国と違い、日本は独自のシステムにより解剖の件数が少なく難しい面もあるのですが、例えば、若くして亡くなり死因が分からない場合は解剖することにより「遺伝性」の疾患や疑いが判明することも。

その場合、遺族にその遺伝性疾患についての情報を提供できます。

ただ、法医学教室は「病院」ではないので遺族に医療を提供できません。そういった際に、今後は医療を提供できる場へスムーズに連携できるようになればいいなと思います。

―法医学に興味がある方にメッセージを!

法医学は様々な知識を要求される分野ですが、だからこそやりがいがあると思います。「100%分かる」ことは難しいですが裏を返せば伸びしろがあるということ。ぜひ法医学を発展させてほしいです。

※本内容は「九大広報132号(令和7年12月発行)」に掲載されています。

※本内容は「九大広報132号(令和7年12月発行)」に掲載されています。