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圧倒的なプログラム数で大学の学びに触れる~九州大学公開講座「Q.O.E.100」

2026.02.27
特集

2026年3月14日から21日までの8日間、九州大学がかつてない規模と内容の公開講座「Q.O.E.100 (Kyushu University Open Explorations 100)」を開催する。九州大学が取り組む数多の研究の中から100のテーマを一般に公開、受講者は探究心の赴くまま分野と専門性を自由に往来し、研究の深奥に触れるというものだ。この企画の背景には、現代の高度で複雑な社会課題を解決するには一つの専門性ではなく、多分野の知を横断して最適解を導く力が必要であり、その「総合知」をもって社会変革をけん引したいという九州大学の思いがある。「総合知」の考え方や、「Q.O.E.100」のねらい、講座の一端について、九州大学理事・副学長・プロボストの荒殿誠氏と二人の教員に話を聞いた(写真は荒殿氏=左から3人目=と学生たち)。

100のプログラムを「見取り図」でつなぐ―学びを自分で設計するという発想

「九州大学にはあらゆる分野の研究者がいて、さまざまな知が集積しています。その知を“点”ではなく“面”として体験してもらう。それが『Q.O.E.100』です」と、九州大学理事・副学長・プロボストの荒殿誠氏は言う。

荒殿誠(あらとの・まこと)/九州大学理事・副学長・プロボスト。九州大学理学部化学科卒、同大学院理学研究科博士課程修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員、九州大学理学部化学科助教授等を経て、1997年、同大学教授。2010年から14年まで同大学院理学研究院長、2014年から同大学理事・副学長を兼任。2020年から理事・副学長・プロボスト

例えば「環境エネルギー」に興味のある受講者が、そこを起点に縦軸を見ると、一つの分野だけでもさまざまな切り口・Stageがあることを知る。その中から、「デジタルコンテンツ・AR・VR」に注目して、今度は横軸を見てみると、「健康・医療」や「身体・コミュニケーション」といった領域にもプログラムが用意されており、「デジタルコンテンツ・AR・VR」が複数の分野に活用・応用されていることを知ることができる。このように、興味のある分野やそれぞれの切り口、さらにはStageを参考に、自分の興味やレベルに応じてプログラムを自由に組み立てられるのが「Q.O.E.100」の特長である。

「通常の公開講座は一講座完結型ですが、『Q.O.E.100』では“学びを横断する体験”ができます。大学での学びの本質をそのまま体験してもらえるはずです」(荒殿理事・副学長)

デザイン思考が支える「社会還元型」の仕組み

「Q.O.E.100」の構想の背景には、九州大学が得意とするデザイン思考がある。2003年の九州芸術工科大学との統合以降、芸術工学部を持つ唯一の国立大学として「何を社会に届けるのか」を設計する視点が、さまざまな研究に根付いている所以だ。

「デザインは何もないところからカタチを生み出します。統合以降、本学では何事もデザイン思考から入るのが特長の一つとなりました。『Q.O.E.100』も、デザイン学の知見を生かして産学マッチングなどを行う“Q.O.E.推進チーム”が伴走します」(荒殿理事・副学長)

Q.O.E.推進チームは研究者の研究テーマと企業をマッチングし、共感を得られた企業から寄附、協賛を募る。原資は講座運用や研究者への還元に充てられ、挑戦的テーマの継続・加速を支える。すなわち、受講者と社会の好奇心が、寄附という形で研究の推進力へと直結する仕組みだ。

「高校生の皆さんが興味を持つ分野の研究者が、九州大学のさまざまなフィールドで活躍されています。『Q.O.E.100』を通じて、日本の研究の“今”に触れてください」(荒殿理事・副学長)

「Q.O.E.100」の講師に聞く、研究の最前線

人間・動物・自然・社会の健康を一体で考える『スマート畜産』~農学研究院資源生物化学部門(農場)・森田康広准教授

近年、ウェルビーイングという言葉をよく聞くようになった。「心身が満たされ、幸福を感じながら良好な状態を持続すること」などを意味するが、これは人間に限ったことではなく、家畜にも当てはまると森田准教授は言う。

「家畜のウェルビーイングを実現することで、家畜は最大限の力を発揮し、私たちは最大限の生産物を得ることができるのです。そのために家畜にとって良い環境を作り、持続的に発展していける畜産を目標に研究をしています」

森田康広(もりた・やすひろ)/九州大学大学院農学研究院准教授。博士(獣医学)。山口大学大学院連合獣医学研究科修了。NOSAI岡山・家畜診療所獣医師、名古屋大学アジアサテライトキャンパス学院・大学院生命農学研究科特任助教、同特任准教授、帯広畜産大学獣医学研究部門・動物医療センター産業動物診療科 准教授を経て、2024年、九州大学大学院農学研究院准教授に着任

畜産農業のカーボンニュートラルとウェルビーイングをテーマとした講座を予定

「Q.O.E.100」では、畜産農業のカーボンニュートラルとウェルビーイングをテーマに講座を予定している。従来の畜産は、飼料や資源の投入量を増やすことで生産量を拡大してきたが、その一方でCO₂排出やロスの増大が課題となってきた。

森田准教授は、飼料設計や牛舎環境の改善、健康状態の高度なモニタリングによって生産効率を高めつつ、環境負荷を低減する方法を探っている。牛の体内環境を整えることで、温室効果ガスの一因となるメタンである“げっぷ”の発生を抑えられる可能性も見えてきたという。

こうした研究の背景にあるのが、人間・動物・環境の健康を一体として捉える国際的な概念「ワンヘルス」だ。センサーなどを用いて日々データを収集・分析し、科学的根拠に基づいた畜産農と家畜の双方のウェルビーイングとカーボンニュートラルを含めた持続性を達成する「スマート畜産」の実現が目標である。

「畜産には、生物学や栄養学、獣医学に加え、情報工学や経営学まで幅広い知識が必要です。したがって畜産学者はゼネラリストであるべきだと考えています」

環境対策だけでは、持続可能な畜産は成り立たない。森田准教授は、経営的な視点と“食の価値”を高める仕組みの重要性を強調する。

「『どこで、誰が、どのようにつくったか』を示す認証制度などによって安心・安全を担保できれば、消費者は値段が多少高くても選んでくれます。そういった意識変革こそが、持続可能性につながると考えています」

「環境を改善しても、稼ぐことができなければ持続可能な畜産農業は維持できない。とくに今後は経営的視点が重要になると思います」と森田准教授は言う

畜産を含め、「農業は平和学でもある」と森田准教授は言う。「太古の昔から、人は食を得やすい土地を求めて争ってきました。つまり、農業が機能していれば、多くの争いは起こらない。農業の学問を修めることは、平和に貢献することでもあるのです。食は人間の活動の核となるもの。ぜひ『Q.O.E.100』で、食の大切さと畜産の未来について一緒に考えてみませんか」

フードデザインで「食」を設計する~未来社会デザイン統括本部・緒方胤浩助教

緒方助教の研究テーマであるフードデザインとは、そもそもどういうものだろうか。

「今から10年ほど前、食の持続可能性についてテクノロジーで食の課題を解決したり、価値を創造したりする『フードテック』という考え方が広がりました。その考え方と共に広がったのがフードデザインで、食に関わるさまざまなものをデザインすることを言います。例えば、食品、調理器具、レストランのインテリア、流通システムなどもそうですし、新しい食文化を考える際に、抽象的な考えをかたちにしてプロトタイプをつくることも、フードデザインと呼んでいます」と緒方助教は言う。

緒方胤浩(おがた・かずひろ)/九州大学未来社会デザイン統括本部助教。九州大学芸術工学部工業設計学科卒。京都工芸繊維大学工芸科学研究科デザイン学専攻、博士(学術)。日本アイ・ビー・エム株式会社を経て、2025年から現職。新渡戸文化短期大学 フードデザイン学科非常勤講師

現在、フードデザインを考えるために注力するのが、3Dフードプリンティング、スペキュラティヴ・デザイン、リサーチ・スルー・デザイン、という三つのキーワードだという。

「3Dフードプリンティングとは、主にペースト状にした食材をフード3Dプリンタを使って立体的に造形、再生することです。同じ食材でも見た目や食感が違うだけで、食べるときの満足感が変わるんですよね。フード3Dプリンタは、3Dプリンターを食用に特化させた機械で、介護食や細胞性食品(培養肉)、昆虫食、和洋菓子などへの活用が期待されています」

スペキュラティヴ・デザイン(思索的デザイン)とは、未来の可能性について思索し、議論のきっかけをつくるデザイン手法のこと。課題解決を目的とする現実的なデザインではなく、仮説的な未来に向けて可能性を探求するデザインをいう。またリサーチ・スルー・デザインとは、デザイナー自身がデザイン活動を行うプロセスそのものを研究手法とし、そこから得た新たな知識やアイデアをもとにデザインを創出、深化していくものだ。

緒方助教は、この三つのキーワードを体現する研究に打ち込んできた。博士課程時代には、2カ月間に及ぶ「3Dプリントフード生活」を敢行した。自身が被験者となり、2カ月間、朝、昼、夕に必ず一品、フード3Dプリンタで料理をつくり、その食生活を記録、分析していく実験だ。未来の食のあり方を探索するという目的のもと、毎日レシピを考える辛さに耐えながら、出力したプリントフードは183品に及んだという。また、社会人と学生を対象にしたワークショップでは、空洞化しても満足感の変わらないチョコレートを造形するなど、食の形の固定観念を破る試みを実施。小中学生を対象としたワークショップでは、新しいおにぎりの形を模索した。

取材したこの日は、さつまいもをペースト状にし、フード3Dプリンタで幾何学模様のチップスに造形する様子を実演してくれた。

あらかじめコンピューターで設計した3Dデータをもとに、ペースト状の食材をカートリッジにセット。ノズルから一層ずつ射出して造形し、できあがったプリントフードをオーブンで軽く焼けば、3Dプリントさつまいもチップスの完成だ

「有事(食料危機)の際に、国内の農地や農業労働力をフル活用した場合、どの程度食材を生産できるかを示す『食料自給力指標』というものがあります。そこには、必要なカロリーと栄養バランスを満たす食事の例が挙げられているのですが、カロリーを重視した場合、毎食「焼きイモ」を食べることになっています。さすがに毎食焼きイモでは飽きますよね。そこでフードデザインの視点から、イモをもっと美味しく食べる方法、少ない量でも満足度を高める方法はないかと考え、このようなチップスをデザインしてみました」

3Dフードプリンティングの実演と社会実装を考える講座を予定

「Q.O.E.100」ではこのように、フード3Dプリンタを使って食を造形するところを実演し、できあがったプリントフードを受講者が食しながらフードデザインについて考える、という講座を予定しているという。

「みなさんに気軽に参加してもらい、3Dフードプリンティングがどう社会に実装できるかを考えていきたいですね。食の課題をこうした技術で解決するということに不安や懸念を感じる声もありますが、そうした視点も大切に受け止めながら、みなさんと一緒に可能性を探りたいです」

創立時からある「総合知」の考えを未来へと受け継ぐ

「Q.O.E.100」の基盤となっている「総合知」の考え方は、実はいま始まったものではない。初代総長・山川健次郎氏が当時の学生に向けた次の言葉がもとになっている。

『己が専門の学問の蘊奥(うんのう)を極め、合わせて他の凡てのことに一応の知識を有して居らんで、即ち修養が広くなければ完全な士と云うべからず』

「『自分の専門分野を極めるだけでなく、他のあらゆることにも一定の知識を持ち、幅広く教養を身に付けなければ、真に優れた人物とは言えない』という意味です。これはまさしく『総合知』の考え方と同じものです」と荒殿理事・副学長は言う。「本学には多くの研究者がいます。その無限の組み合わせによる『総合知』で、これからの社会をけん引する人材を育成していきたいと思います」

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九州大学公開講座「Q.O.E.100」(Kyushu University Open Explorations 100)
『総合知』探究-100のプログラムで体験する総合知の力-

  1. ▶開催期間:2026年3月14日(土)~21日(土)
  2. ▶形式:対面・オンライン併用
  3. ▶参加対象:一般市民・大学生・高校生など誰でも参加可能
  4. ▶公式サイト(申し込み・詳細):https://in2fs.kyushu-u.ac.jp/qoe/

取材/鮎川哲也 撮影/山本薫 制作/朝日新聞出版メディアプロデュース部ブランドスタジオ