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2024年度 春季学位記授与式(大学院) 総長告辞

総長式辞・挨拶等

2024年度(令和6年度)春季大学院学位記授与式 総長告辞

本日、九州大学の修士、専門職、博士課程の学位を授与された皆さん、おめでとうございます。修士課程1,811名、専門職学位課程133名、博士課程405名の計2,349名にそれぞれの学位が授与されました。またこの間、皆さんの学びと生活を支え、励ましてこられたご家族、友人、関係者の方々にも九州大学の教職員一同、心からお祝い申し上げます。

皆さんは学問への探究に魅せられ、また自身の成長のために、自分の人生のなかで「学び」に集中し深める期間である大学院での学び、研究を選択されました。そして、研究生活の中で学問を深め、新しい思考を導き出し、論文に仕上げられました。「知」と深くかかわり、向き合う歳月を経て、本日を迎えられたことと思います。今振り返って充実した日々だったでしょうか。大きな達成感に包まれておられるだろうと思います。
大学院は高等教育のなかでも、知識集約型社会における知の生産、価値創造を先導する高度な人材を育てる役割を中心的に担うことが期待されています。九州大学は1911年の創立当初より大学院が設置され、今日まで114年間、研究と教育の歴史を紡いできました。この歴史は、創立当初から本学で学んだ一人一人の研究と学びで紡がれています。皆さんの歩みも、今日ここに九州大学の歴史として刻まれます。

今年度、学位を取得された皆さんの大学院生活は、COVID-19パンデミックによる多くの制約を受け、今までにない苦労も多く、大変なことだったと思います。またこの間に、ロシアのウクライナ侵攻に始まり、ガザの戦闘、能登半島地震、気候変動による様々な自然災害、不安定な世界情勢による物価高騰など、穏やかでない世の中が私たちの日々の生活に影響を与えています。このような中でも、挫けることなく学位論文を仕上げ、学位を取得されたことを誇りに思って下さい。皆さんの努力に心から敬意を表します。
九州大学で学び培った学問とその専門性、そしてそれを活かす能力は、皆さんのかけがえのない財産になり、人生を切り拓く鍵となります。今後、新しい社会環境、生活環境の中で始める次の活躍の場で、自身が学んだことを確実に活かし、社会に役立てて下さい。

昨年11月、2002年にノーベル化学賞を受賞した島津製作所の田中耕一・エクゼクティブ・リサーチ・フェローらが開発した質量分析計「LAMUS-50K」が電気・電子分野の国際学会(IEEE)により「マイルストーン」に認定されました。「IEEEマイルストーン」は誕生から25年以上経った製品や技術などから選ばれます。「LAMS-50K」は、たんぱく質のような巨大な分子を壊さずにイオン化する手法「ソフトレーザー脱離イオン化技術」を搭載した世界初の製品で、田中博士はこの技術で2002年ノーベル化学賞を受賞しました。この装置は1990年に米国の医療研究機関に納入され、分子生物学や医学などの分野に貢献し、新たな診断や創薬へとつながった点が評価されました。質量分析計とは少量の試料でその物質の質量を測定でき、そこからその物質の同定や定量が可能になり、今や分析科学にはなくてはならない装置です。田中博士は「LAMS-50K」の基板の電子回路について、日本のエレクトロニクス産業がジャパン・アズ・ナンバーワンと言われた時代の最先端技術が詰まっており、「日本の統合的な技術開発力が重要だった」と説明されました。またご自身は大学で電気工学を専攻したにもかかわらず、島津製作所に入社して化学という畑違いの分野に足を踏み入れ、戸惑いもあったが、電気で学んだ考え方は化学分野にも応用できた事例がいくつもあり、ノーベル化学賞を受賞できたこともそのうちの一つと、異分野融合の大切さを実感していると述べておられます。また、大学で電気が専門だった田中博士にとってIEEEの認定は憧れで、ノーベル賞より感慨深かったかもと語っておられます。
同じく昨年のノーベル物理学賞は米国プリンストン大学のジョン・ホップフィールド名誉教授とカナダ・トロント大学のジェフリー・ヒントン名誉教授に贈られました。しかし、この2氏の受賞の源流にはこの分野の先駆者である甘利俊一東大名誉教授の数理脳科学の基礎や理論の研究がありました。甘利博士は、「ヒントン氏が偉いのは、AIが実用的になるんだと考え、80年代から努力を続けてきたところ。日本はバブルの崩壊もあり、実用化を見据えた研究が続けられなかった」と述べ、また、チャットGPTの文章生成能力について「AIはどうしてこんなにうまく動くのか開発者自身もわかっていないことが多い。AIが今の社会、文明を変えうると考えて、全く新しい人類社会の構想を考えていかなくちゃいけない」とも語っておられます。
田中博士が述べておられる異分野融合の大切さや統合的研究開発の重要性、甘利博士の言葉にある実用化への努力は、これから私たちが研究をいかに社会的課題の解決につなげるかの鍵となると考えます。

九州大学は、2030年に向けて「Kyushu University VISION 2030」を策定し、「総合知で社会変革を牽引する大学」を目指して、2022年に3つの新しい組織を立ち上げ、ビジョンの実現に向けた種々の取り組みが進行しています。理想的な未来社会をデザインし、そこからバックキャストして、その理想的な未来社会にどのようにして到達するか、そのプロセスを考える「未来社会デザイン統括本部」、DXの推進によって、データ駆動型の教育、研究、医療を展開する「データ駆動イノベーション推進本部」、そしてこの2つの本部の活動で総合的に生み出された研究成果を「オープン・イノベーション・プラットフォーム OIP」で、社会実装につなげていくという戦略的なイノベーション推進構想です。本学では、従来の産学連携活動からさらに一歩踏み出すために、昨年大学内にあった「OIP」を独立させ、「九大OIP株式会社」を設立し、産学連携を通じて大学発の産業や雇用の創出を目指しています。また、この新たなゴールに向かって、「九大OIP株式会社」の下に開発法人を設立し、大学・開発法人・産業界が新たな連携を開始しています。さらに、大学発ベンチャーを組成するための仕組み、すなわちイノベーションチャレンジファンドを作り、福岡県や福岡市の大きな支援も受けてファンドがスタートしました。本学ではこれまでに、再生医療のサイフューズ、宇宙領域のQPS研究所のような、いくつかの大学発ベンチャー企業が誕生しています。このようなベンチャー企業を大学が支援し、成長させ、新たな研究を生み出し、教育を進化させる原動力としていきます。これらはいずれも日本の大学では初の試みであり、新しい大学のあるべき姿を本学が提案できると考えています。

皆さんの中には、引き続き、九州大学をはじめとした大学というフィールドの中で、さらに研究を深めていく方もおられると思います。また、企業など新たなフィールドでこれまでの研究成果を社会とつなぎ、社会課題の解決に向き合っていく方もおられると思います。皆さんが九州大学で修められた学問と深めた研究は、よりよい世界をつくっていくための皆さんの礎です。10年後、あるいは20年後の自身の姿を思い描き、明確な目標を定めて新たな世界へのスタートを切って下さい。皆さんがそれぞれのフィールドで光り輝き、目標を達成されることを心より期待しています。
 大学以外のフィールドに踏み出していく皆さん、改めて大学で学び直したいと思った時、新たな目標に挑戦したいと考えた時には、ぜひ九州大学に戻ってきて下さい。再び一緒に学びを進めましょう。

昨年12月に、アフガニスタンで新たに整備された用水路の通水式が執り行われたことが報じられました。本学の卒業生である中村哲先生が取り組まれた灌漑事業は、中村先生の遺志を継いだアフガニスタンの人々の自身の手で続けられています。現地の人々が自らの力で未来を切り拓く、という中村先生が思い描いていた未来そのものです。中村先生と長年活動を共にしてこられた本学の卒業生である村上優先生が会長を務めるペシャワール会とPMS(ピースジャパンメディカルサービス)により、中村先生の揺るぎない思いが継続していることに頭が下がります。先生が亡くなったことは本当に残念なことですが、先生の生き方、多くの著書の中で紡がれた言葉で、今も私たち後輩に大切なことを教えておられます。

今日、皆さんは、大学院で学んだことを生かして未来を切り拓き、社会に役立つ人になろうと大きな希望を持っておられることと思います。この不確実な世の中に、人生の新しい一歩を踏み出すことを、「こんな時代に」と思うのではなく、「こんな時代だからこそ」ということを一つの力にして、地球社会の一員、国際社会の一員であるという自覚をもって、新しいそれぞれの活躍の場への一歩を踏み出して下さい。
皆さんの希望ある未来を信じ、健闘を祈ります。本日はおめでとうございます。

2025年3月25日
九州大学総長 石橋 達朗