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2024年度 春季学位記授与式(学部) 総長告辞

総長式辞・挨拶等

2024年度(令和6年度)春季学士学位記授与式 総長告辞

本日、九州大学の学士課程の学位を授与された皆さん、おめでとうございます。本年は2,548名の方々に学位が授与されました。また、この期間4年あるいは6年の間、その学びと生活を支え、励ましてこられたご家族、友人、関係者の方々にも九州大学の教職員一同、心からお祝申し上げます。 

2021年4月5日、多くの皆さんはここ椎木講堂で入学式を迎えられました。
COVID-19パンデミックのため、式は感染防止対策を徹底して、2,500名あまりの新入生は二回に分けて二部制で入学式をし、関係者にはライブ配信が行われました。また新しい学生生活は様々な行動変容を迫られるもので、皆さんが期待していたものと違っていたと思います。2023年5月にCOVID-19が5類感染症に分類されてから、日常生活は少しずつパンデミック以前の状態に戻り始めましたが、ロシアのウクライナ侵攻、ガザの戦闘、能登半島地震、気候変動による様々な自然災害、不安定な世界情勢を反映した物価の高騰と、心穏やかな学生生活とは言えなかったと思います。そのような中、皆さんはこれまでとは違う学び方を強いられる状況でも、それぞれが学ぼうと決めた分野において学問を探究し、本日の学位授与につながったことを誇りに思って下さい。皆さんの努力に心から敬意を表します。 

今年1月17日、阪神・淡路大震災の発生から30年となりました。6,434人が犠牲になり、46万世帯の住宅が全半壊し、大規模な火災が発生し、交通網、電気、ガス、電話などのライフラインが寸断され、戦後最大級の災害だと言われました。1995年と言えば、多くの皆さんはまだ生まれていませんね。阪神・淡路大震災をきっかけに1995年は「ボランティア元年」と呼ばれ、震災ボランティア活動が始まり、その活動はその後の度重なる災害で大きな力になっています。阪神・淡路大震災の復興には終わりはありませんが、皆さんと同様に震災自体を知らない世代の若者が、この阪神・淡路の震災を語り継いで、受け継いでいく活動をしています。成人式の日、神戸の新成人の皆さんが復興のシンボルとなった曲を合唱したというニュースを目にされた方もおられると思います。自らが経験したこと、経験はしなかったとしても伝えなければならないことを、次の世代に伝えて、さらなる復興をめざす努力がされています。これは大学での学びが、大学に培われた知識の塊から学び、それを深め、次の世代に伝えていくことに似ているように感じます。

皆さんは4年前あるいは6年前、九州大学を選び、大学の学びの世界に足を踏み入れました。学びたい分野を選択し、自分で選択した学問を探究し、知識を体系化し、新しい考え方を模索することに最初は戸惑いもあったことと思います。それから日々の努力を積み重ね、大学での学びを修められました。大学での学びは、皆さんがこれから飛び出す新しい社会での活動の中で、様々な困難や難しい課題にも遭遇する時に、皆さんを支える礎となります。大学での学びを思い出して、自分の考えを整理し、まとめ、アイデアを出し、乗り越えていって下さい。そして、皆さんは、COVID-19パンデミックの中で大学の学びを修めたという他の世代にはない経験があります。決して明るい話題のあふれる世の中ではありませんが、ただ、「こんな時代に」と、不安に思ったり諦めたりするのではなく、「こんな時代だからこそ」と、大学で培った知識や経験を大いに活用し、世の中のため、人々のために尽くしてほしいと思っています。

皆さんの多くが入学された2021年は、九州大学が指定国立大学法人に指定された年で、本学はその構想を基に「Kyushu University VISION 2030」を策定し2030年に向けて「総合知で社会変革を牽引する大学」への道を進んでいます。本学が生み出す様々な知識、知見から総合知を導きだし、活用して、社会的課題を解決していくことと、DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進に取り組み、教育・研究はもとより、社会変革に貢献する活動に取り組んでいます。いくつかの組織が立ち上がり、ビジョンの遂行が始まっていますが、本学は昨年大学内にあった産学官連携組織「オープン・イノべーション・プラットフォーム OIP」を独立させ、「九大OIP株式会社」を設立しました。九州大学の研究からベンチャー企業創出を後押しし、企業などとの共同研究につなげる役割を担うという新たな挑戦です。皆さんには、九州大学の卒業生として、新しいフィールドで活躍していただき、また九州大学の社会変革を牽引する活動にもつながっていていただきたいと思っています。改めて大学で学び直したいと思った時、新たな目標に挑戦したいと考えた時には、ぜひ九州大学に戻ってきて下さい。再び一緒に学びを進めましょう。

昨年11月、2002年にノーベル化学賞を受賞した島津製作所の田中耕一・エクゼクティブ・リサーチ・フェローらが開発した質量分析計「LAMUS-50K」が電気・電子分野の国際学会(IEEE)により「マイルストーン」に認定されました。「IEEEマイルストーン」は誕生から25年以上経った製品や技術などから選ばれます。「LAMS-50K」は、たんぱく質のような巨大な分子を壊さずにイオン化する手法「ソフトレーザー脱離イオン化技術」を搭載した世界初の製品で、田中博士はこの技術で2002年ノーベル化学賞を受賞しました。この装置は1990年に米国の医療研究機関に納入され、分子生物学や医学などの分野に貢献し、新たな診断や創薬へとつながった点が評価されました。質量分析計とは少量の試料でその物質の質量を測定でき、そこからその物質の同定や定量が可能になり、今や分析科学にはなくてはならない装置です。田中博士は「LAMS-50K」の基板の電子回路について、日本のエレクトロニクス産業がジャパン・アズ・ナンバーワンと言われた時代の最先端技術が詰まっており、「日本の統合的な技術開発力が重要だった」と説明されました。またご自身は大学で電気工学を専攻したにもかかわらず、島津製作所に入社して化学という畑違いの分野に足を踏み入れ、戸惑いもあったが、電気で学んだ考え方は化学分野にも応用できた事例がいくつもあり、ノーベル化学賞を受賞できたこともそのうちの一つと、異分野融合の大切さを実感していると述べておられます。また、大学で電気が専門だった田中博士にとってIEEEの認定は憧れで、ノーベル賞より感慨深かったかもと語っておられます。
田中博士が述べておられる異分野融合の大切さ、統合的研究開発の重要性は、これから私たちが研究をいかに社会的課題の解決につなげるかの鍵となると考えます。

本学の卒業生である中村哲先生は、2019年、医療と現地の人々の生活の安定のために力を注いでおられたアフガニスタンで凶弾に倒れられました。あれから5年が過ぎ、先生の意志は現地のPMS(ピースジャパンメディカルサービス)とペシャワール会に引き継がれ、困難な中にも多くの活動が進められています。「後継者は用水路」の言葉どおりに、先生が思い描かれたアフガンの人々の希望への道を、現地の人々が自分たちの力で切り拓く活動が始まっています。長年、中村先生と活動を共にしておられ、本学の卒業生である村上優先生が会長を務めるペシャワール会とPMSが、先生の揺るぎない想いをつないでおられる尊さを思わずにはいられません。中村先生は早い時期より、21世紀の科学技術によって高度に進歩した社会、国境を越えて発展する経済、効率と利便性が追求された日々の生活などを「欲望の自由」「科学技術への信仰」と危惧しておられました。今の世の中を見ると、その言葉の説得力をまざまざと感じます。また多くの著書の中にはたくさんの心を打つ言葉を残され、それに基づく行動、活動があり、その示唆に富んだ言葉は、深く心に残り、私たち一人一人の、そしてそれぞれの生き方のこれからに、大切なことを教えてくれています。中村先生が本学の卒業生であること、その生き方、言葉には私たちに大きなものを残して下さっていることを覚えていてほしいと思います。

米国の核専門家の科学会報が毎年出す終末時計の時刻は、去年から一秒進み89秒になりました。核の脅威や気候変動、AIの悪用が主因だといいます。発表を始めた1947年以降で最も短くなっており、私たちの住む世界の不確実性は増しています。
今日、皆さんは、大学で学んだことを生かして、社会に役立つ人になろうと大きな希望を持っておられることと思います。不確実な時代ではありますが、地球社会の一員であるということを忘れずに、自分自身の想いを大切に、新しいそれぞれの活躍の場への一歩を踏み出して下さい。

皆さんの希望ある未来を信じ、健闘を祈ります。本日はおめでとうございます。 

2025年3月25日
九州大学総長 石橋 達朗