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平成21年度 学士学位記授与式(2010年3月25日)

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平成21年度 九州大学学士学位記授与式告辞(2010年3月25日)

 平成21年度九州大学学士学位記授与式に当たり、めでたく卒業される2493人の学部卒業生の皆さんに、心からお祝いを申し上げます。ここまで卒業生たちを物心両面から支え、励ましていただきましたご家族の皆様、本学で卒業生たちの指導にあたってこられた先生方や学習教育活動を支えていただいた事務系職員の皆様にも、心からのお礼とお祝いを申し上げます。また、本日は皆さんの大先輩である、西日本電信電話株式会社相談役の上野至大(うえの みちとも)様にご来賓としてお越しいただき、皆さんにご祝辞をいただくことになっています。上野様に九州大学を代表して厚くお礼申し上げます。

 卒業生の皆さんの多くは、2004年4月あるいは2006年4月に入学し、それぞれ4年間あるいは6年間、九州大学で教育を受け、勉学に励み、また、同級生や先輩後輩との付き合い、社会との関わりを通じて成長し、大きな達成感をもって本日の卒業式を迎えたことと思います。

 この4年から六年の間に世界、国内、本学で実に様々なことが起こりました。

 世界では、2004年、前年に始まった米英軍によるイラク攻撃の大儀がゆらぎイラク情勢は混迷を深めました。この年の12月には、スマトラ沖地震が発生し、津波などにより22万人以上が死亡するという大惨事となりました。2005年には世界各地で大規模テロが繰り返されました。2007年には、サブプライムローン問題が顕在化し、それは2008年になって、米国発の金融危機となって100年に一度ともいわれる世界的危機に陥り、未だ終息には至っていません。2009年には、メキシコに端を発した新型インフルエンザが世界的に流行しました。

 我々は、情報通信技術や交通機関の発達したグローバル社会にいますから、こうした世界における重大問題は、直ちに日本にも波及し、大きな影響を与えます。そうした国際的な問題の他に、日本固有の問題も数多く起っています。悲惨な事件・事故が相次ぎ、許し難い不正や偽装等の数々の背信行為、地震など自然災害も繰り返し起こっています。政治に関しては、2005年の総選挙において自民党が絶対多数を獲得したものの、その後の内閣の短期交代の繰り返し等、安定を欠いた国政の状況が続きました。2009年には、衆議院議員総選挙で民主党が第1党に躍進し、歴史的な政権交代が行われました。新政権のもとでは行政刷新会議による「事業仕分け」作業が実施され、大きな話題になりました。科学技術や高等教育にも大きく影響しました。

 そうした中で、一昨年の4人の日本人科学者のノーベル賞同時受賞は、数十年前における我が国の基礎科学に関する政策の正しさを再認識させ、今後の基礎科学振興の方向性を示唆する明るいニュースでした。また、昨年、本学の卒業生である若田光一宇宙飛行士が日本人として最長の4ヶ月半宇宙に「住む」というニュースは、本学のみならず広く国内に、夢と希望をもたらす非常に嬉しい出来事でした。

 大学に関しては、2004年には、国立大学が法人化し、「国立大学法人九州大学」となりました。すべての国立大学は、国立大学法人になり、毎年運営費交付金が削減されていますが、九州大学は、法人としての裁量の余地を最大限に生かしながら、この6年間に多くのシステム改革を行ってきました。

 九州大学にとって大きな事業は、伊都新キャンパスへの移転と病院の再開発です。病院の再開発は昨年9月に完了し、我が国最大級かつ最新の機能を備えた大学病院が完成しました。伊都新キャンパスについては、2005年に、工学系の約半数が伊都キャンパスへ移転し、翌2006年には、工学系の残りとシステム情報科学系が移転を完了しました。そして、昨年4月には、六本松を中心にした、全学教育全員と、比較社会文化研究院・学府と言語文化研究院、高等教育開発推進センターが、そして昨年の秋には理学部数学科、数理学研究院・学府が移転を完了し、学生教職員合わせて約1万2000人の本学最大のキャンパスが実現しました。この時点で、工学系と数学系においては、念願の新入生から大学院まで一貫した教育が同一のキャンパスで行われることになりました。また、統合新領域学府や高等研究院、多くの新しい研究センターがスタートし、教育研究の体制が一層充実したものとなってきました。

 一方で、昨年には、旧制福岡高等学校以来80年以上の歴史をもつ六本松キャンパスに別れを告げ、4月から、九州大学におけるすべての新入学生の学習・教育は、新しい伊都キャンパスでスタートしました。そして、来年、2011年には、総合大学として百周年を迎えます。

 このように皆さんは、世界的に見ても、国内を見ても、また、九州大学にとっても極めて重要な時期に在学し、研鑽を積んできたわけです。日本は、明治以来の教育政策、産業政策によって、驚異的な速さで近代化を成し遂げ、先進国の仲間入りを果たし、戦後の政策や国民の勤勉さ、創意工夫によって、世界第2位の経済大国に発展しました。私は、そこに至るプロセスにおいて日本の基幹的総合大学が果たしてきた教育研究上の貢献は極めて大きいものがあったと考えています。実際、この2月に本学も大きく貢献しながらソフト・オープンしたE-JUST(エジプト日本科学技術大学)は、日本の大学における科学技術教育が高く評価され、日本式の大学院大学として設置されるものです。日本ではまた、公害問題やオイルショック、バブル崩壊、環境問題、エネルギー問題等から、多くの課題・問題といち早く直面し、これらを高い技術力を中心にして克服してきました。

 政治、経済、社会が未曽有といわれるほど厳しい状況の中で、皆さんは九州大学を卒業し、次のステージに進み出るわけですが、皆さんの英知、創意、工夫、勤勉さ、誠実さ、高い倫理観でもって、必ずやこの難局もまた克服できるものと信じています。これから社会に出て働く皆さんに、また、これから大学院に進学して更なる研鑽を積む卒業生の皆さんに、いくつかのことをお勧めして、はなむけの言葉としたいと思います。

 第一は、今まで話してきましたような内外の大きな問題は、今後とも様々な形で皆さんに降り懸ってくるものと思います。そうした問題に対して、自分の専門や専攻に関わらず自分なりの現状分析を行い、批判・評価をして、解決策を考えて欲しい。政治や国際、最先端の科学技術の問題についてさえも、常に自分なりの「見方」をもっていて欲しい。そう心掛けることによって、高度に専門的な分野で働くにしても、また、総合職として働くにしても、優れた分析力と統合力、判断力が自然に身に付き、それぞれの分野で指導力が発揮できるようになると考えるからです。

 お勧めしたいことの第二は、自分を相手の立場に置いて考えてみる習慣を身に付けて欲しいということです。自分の主張が、自分が説得しようとしていることが、普遍性があり受け入れられるものであるかどうか、他者に対して十分配慮されたものであるかどうかが、明確に分かるはずです。相手に対して正しい理解と温かい思いやりも生まれると思います。時には、自分自身さえも観察の対象として、客観的に観てみるという習慣も同様な意味で重要だと思います。そうすることによって、確かな交渉力が磨かれるはずです。

 三番目は、常に向上心をもって、未知への挑戦は当然ですが、より根源的な課題に挑戦して欲しい、少なくともそうした課題を解決しようとする強い意志と夢をもっていて欲しいということです。そのためには独自の創造力とそれに拘り続けるいわば拘泥力とでもいうものが必要です。特に研究開発に携わる人には重要なことですが、失敗や間違い、誤解を恐れてはいけません。今から74年前の1936年にコンピュータの原理を考案し、同時にコンピュータの能力の限界を証明した英国の数学者アラン・チューリイングも、「間違いをしない人からは創造的なことは期待できない。」というようなことを言ったといわれています。失敗や間違い、誤解からでさえ大発見につながることがあります。

 これから皆さんの新しい人生が始まります。常に、この4年間あるいは六年間、この九州大学で学んだことを誇りに思い、それぞれの持ち場、場面で研鑽を積み、「九大力」、すなわち、「九州大学の力」と「九つの大きな力」を醸成し、それを発揮して頂きたいと思います。九つの大きな力としては、ここで述べた、「分析力」、「統合力」、「判断力」、「指導力」、「交渉力」、「創造力」、「拘泥力」に加えて「国際力」、そしてそれらの基盤になる「体力」を挙げておきますが、これからの皆さんの人生の様々な場面で皆さんが自分の目標として選び定めるべきものでしょう。

 先ほどの三つに加えて、そういう意味での「九大力」を常に意識し、グローバル社会で活躍されることを祈念して、告辞とします。

平成22年3月25日
九州大学総長
有川節夫