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平成18年度 大学院学位記授与式(2007年3月26日)

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平成18年度 九州大学大学院学位記授与式告辞(2007年3月26日)

 本日ここに大学院学位記授与式を挙行するに当たり、めでたくこの日を迎えられた
1,695名の修士学位記と359名の博士学位記、そして170名の専門職大学院学位記を受けられる皆さん、おめでとうございます。皆さんの永年の研鑽努力に深い敬意を表し、心からお慶び申し上げます。

 また、ソウル大学校 Lee Jang - Moo(イ・チャンム)総長におかれましては、大学院学位記授与式にご出席いただき、祝辞を頂戴できますことに、九州大学を代表致しまして厚く御礼申し上げます。

 皆さんが九州大学大学院の各学府で高度に専門的な教育・研究の指導を受けて大学院修士課程あるいは博士課程修了という輝かしい地点に到達することができましたのは、皆さん自身の不断の努力の賜であることは勿論ですが、経済面から精神面まで支えていただいたご家族・関係者の支援、人間的、社会的に独立できるように大学で教育・研究の指導をしていただいた教職員の励まし、研究室、ゼミの先輩、友人の支えも、皆さんの大学院修了という目標達成に不可欠の要因であったことは疑いもありません。

 九州大学は明治36年京都帝国大学の一分科として設置された福岡医科大学と、明治44年開設された工科大学とをもって、明治44年に九州帝国大学として設置されて以来、百年に近い歴史を通じて、我が国の基幹大学として、最高水準の教育研究を行って参りました。

 皆さんは、九州大学の大学院という最高の教育・研究環境下で、高度の専門分野で将来の日本の指導者となるための訓練を受けてこられました。ただ、皆さんの受けられた大学院での教育・研究は、社会に出て直面する種々の問題に自ら進んで挑戦し、自分自身で考え、その解決の糸口とプロセスを見出すことのできる能力を身に付けるためのものであったと思います。社会に出て就職したときに、大学の僅か数年間で学んだ自分の専門以外には興味がないという、視野狭窄的な人間を育てる教育を、九州大学で行った積りはありません。真の科学の研究・技術は計り知れないほど高度で深く、皆さんの現在の能力や専門性は、その入口にあるにすぎないといった状態です。皆さんが受けられた九州大学大学院での教育・研究は、自分で問題を見付け、自分で解決するという「問題提起型の創造性開発教育・研究」であり、その訓練を受けた皆さんは、日本、世界に於いて人文・社会・自然科学を先導する研究者あるいは指導者となるべき人材として強く期待されているのです。

 最近の科学の進歩、とりわけ、バイオメディカル、通信情報、ナノテクノロジー・材料や環境分野などの科学と技術の進歩は目覚ましいものがあります。そのため、私達人間が、科学・技術を理解できなかったり応用技術に追いつけないことがしばしばあり、この様な現状が、科学・技術に支配される人間が生まれ、人間としての心と愛情を正常に持ち得ない人間が増してくる現象の一因となっています。また、科学が人間の倫理を越えてしまった事例も多くあります。科学の進歩には、ともすると人間を物質として捉えるか、あるいは物質主義の心を持つ人間をはびこらせる危険性が伴っていますので、私達は、科学・技術の進歩が、社会・人間の倫理や環境を守るための制約を越えないよう監視する目を養うと共に、自然との共存に対するバランス感覚を身に付けなければなりません。その意味でも自然科学だけでなく人文・社会科学との融合研究から生まれる成果が社会的に重要視されているのです。今、九州大学大学院で学んだ皆さんに求められるものは、多くの発明・発見が人類を含めた地球上の全生物にとって真の幸福をもたらすものかどうか、常に検証し、正しい結論を導き出す素養と見識の涵養です。

 このように科学・技術の進展の目覚ましい世界で、皆さんは九州大学大学院で受けた教育と研究成果をどの様に生かさなくてはならないのでしょうか。地球上の多くの人々の生活環境は、地勢・地形、気候などの風土や土地の豊かさ、水資源の豊富さ等様々な要因によって異なります。即ち地球がもたらす豊かさと貧しさ、温和さと苛酷さ、あるいは住み易さ・住み難さなど、様々です。また、地理や気候条件が同じでも、政治的、経済的、文化的、宗教的要因によって、私達の生活の状況は著しく異なってきます。さらに自然災害、感染症などの病気あるいは食糧の生産量不足等考えると、地球上で幸せに豊かに生活をするという人間として等しい同じ権利を持っているにもかかわらず、その生活状態は国、民族、地域によってあまりにも異なっていて不平等です。個々の人間には全く責任のない個人の努力では如何ともし難いこれらの不平等な問題を解決し、平等で人間として心豊かな生活を実現できるのが、科学・技術の適切な活用であると私は信じています。

 平成18年度から始まった第3期科学技術基本計画には、安心・安全で質の高い生活ができる国を実現するとありますが、地球上の全ての国でこのことが可能になるよう、日本を含めた先進国はこれを義務として努力しなくてはなりません。国の安全・安心の確保は国の持続的発展を維持する上でもっとも基本的な要因であり、テロやネットワーク攻撃の脅威、インフラの脆弱さを含む災害への対応、アジア諸国の急速な成長や世界全体の人口増加に伴う食料需給の変化などに備えておくことが、国と国民に求められています。日本の最高学府の一つである九州大学大学院で教育を受けた皆さんは、そのことに対する責務と重要な役目を担っているのです。

 学術研究は、国際的、社会的課題に対応した研究開発推進の基盤をなすものです。学術研究から生み出される新たな知識や知恵が世界に向けて常に発信されることによって、世界中の若者に科学への夢を与え、日本が世界に貢献する国としての地位を確立することができます。独創的、先端的な研究は、日常的研究活動から偶然に生まれることも多いのですが、大学は教育と研究が系統的に一体で行われる場であり、世界的な活躍が期待される研究者の養成や次世代の最先端分野の醸成を日々行っています。学術とは、科学や技術にとどまらず、文化や芸術の発展にも貢献する人類の幸福に資する知の体系であり、国の知的・文化的基盤であるとともに、中長期的な視点から人類共通の知的資産を築くものです。

 本日このように学位を授与された皆様方は、ご自身の研究に専念することができたという意味で、大変恵まれた環境にあったといえます。今後、ひとりの研究者として歩まれる皆様方には、社会的な豊かさを享受できない多くの人々がいることを忘れることなく、社会の在り方、人間の在り方を常に意識しながら、自身の研究活動を通じて、身につけた専門的知識を社会に応用して頂くことを願っています。

 皆さんは九州大学大学院で何を学んだのか、今一度思い出してください。科学・技術の発展・進展は、皆さんの独創性・創造性なくしては不可能です。独創性・創造性は各個人の学術的・芸術的個性の集積から生み出されるものであり、それを皆さんは九州大学大学院での学生生活の中で個々に身に付けてこられたものと信じています。今後とも、常にあらゆる事柄に、あらゆる場面で自ら問題を提起し、自分自身で解決する能力を磨いて下さい。

 皆さんは、将来の日本の指導者として期待され、最高学府の優れた教育・研究環境で高度な専門分野を身に付ける訓練を受けてきました。今後、皆さんに求められるものは、皆さんが生み出す科学・技術が人類を含めた全生物にとって真の幸福をもたらすものかどうか常に反芻を怠らない姿勢と倫理観です。

 最後に、皆さんが手にされる学位記の由来についてお話しいたします。博士・修士の学位記のデザインは、大正から昭和20年にかけて発行された紙幣の図案を数多く手がけられた、磯部 忠一(いそべ ただかず)氏の考案によるものです。輪郭は正倉院御物の古代紋様が描かれ、唐草紋様は東大寺三月堂の本尊であります不空羂策(ふくうけんじゃく)観音像の宝冠などに表現された宝相華(ほうそうげ)唐草紋様に酷似しております。日本美術の黄金期といわれた8世紀、天平時代の美術作品から採用し、描き起こしたものと考えられます。この学位記の図案は極めて格調が高く独創的であり、九州大学大学院の学位記に相応しいものであると思っております。

 今後、皆さんがさらなる研鑽を続けられ、諸先輩方の築かれた九州大学大学院の伝統を引き継ぐとともに、新しい時代の、新しい日本を担う中核的あるいは指導的な存在としてご活躍されるよう期待して、私の告辞と致します。

平成19年3月26日
九 州 大 学 総 長
梶 山 千 里