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田中賢
教授
先導物質化学研究所
専門分野
バイオマテリアル
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私たちの身体に備わる数々の防御機能は、危険な微生物や物質を排除すべく、常に戦っています。この防御機能は私たちの健康を保つ一方で、私たちの命を救う医療機器の開発にとっては障壁となります。
「異物反応や血栓の発生を抑えるには、タンパク質や血液細胞が生体接触型医療機器の表面へ付着することを防がなければなりません。」と、九州大学先導物質化学研究所の田中賢教授は述べています。
田中教授の研究グループは、医療機器に用いる生体親和性に優れた新材料の開発を目指し、その分子構造とメカニズムを解明しています。細胞と材料の相互作用を厳密に制御できる新技術を社会へ還元するために、田中教授は産学連携に取り組んでいます。
素材、材料の持つ生体親和性の由来を解明する中で、田中教授はそれらの物質に共通する性質を発見しました。
「人体を構成しているタンパク質、糖、そしてDNA・RNAと、日本で承認されている医療機器に使用されている合成高分子材料に水を含ませたところ、『中間水』と呼ばれる水和状態を発見しました。」
驚くべきことに、極めて複雑な分子が存在する自然界で、単純な水分子が生体親和性における重要な役割を果たしていたのです。
田中教授によれば、材料に付着した水は、分子構造・運動性の観点から3つのグループに大別できます。重要な水和状態である「中間水」は材料の表面に強く付着する「不凍水」と、材料に弱く付着する「自由水」の間の状態を示します。
田中教授のグループは、中間水は目には見えないものの、他の2つの水分子とは異なる温度で凍ること、赤外線に対しても異なる反応を示すことからその存在を特定しました。中間水は血液細胞やタンパク質が材料の表面とどう作用し合い、付着するかを調整していると考えられています。
田中教授が中間水に関する研究を本格的に発展させたのは九州大学に移ってからですが、医療機器メーカーに勤務していた頃に偶然にも中間水を含む生体親和性を持つ素材の開発に携わっていました。
「優れた製品の背景には基礎科学がその根幹をなしている場合が多いです。優れた基礎科学・理論があれば、より良い製品の開発につながります。」と田中教授は語ります。
血液細胞の付着を抑え、血液の凝固を防ぐ働きは中間水の重要な性質です。また、特定の細胞に対する付着性が実現できれば、より広い医療への応用が可能です。例えば、ステントや人工血管といった医療機器の表面を血管内皮細胞で覆うことができれば、大きなメリットに繋がります。
さらに、田中教授の研究グループはがん細胞と幹細胞を選択して付着できる材料の開発に取り組んでいます。腫瘍から離れて血液中を漂うがん細胞を採取する材料が開発できれば、より早期にがんの診断を下すことができます。また、田中教授は再生医療の分野でも、開発した素材を幹細胞が特定の組織や臓器に成長するための足場材料として応用することを目指しています。
「医師や医療従事者、患者は常により良い製品を求めています。そのためには大学における基礎研究と企業のものづくりという両者の協力が欠かせません。」と田中教授は強調します。
田中教授は、自らの展望や研究成果を形にできたことと、研究室で生まれたイノベーションを社会に還元し産業界と協働できることは、産学双方で従事した経験によるものだと考えています。
「社会への貢献と命を救うことを究極の目標に、見えないものを解き明かし、未来の医療機器のための材料の設計指針を明らかにするために、これからも日々研究と教育に取り組んでいきます。」