|
林克彦
教授
医学研究院 応用幹細胞医科学部門
専門分野
発生生物学、生殖生物学、幹細胞学
|
科学技術の進歩により、かつてSFの世界で描かれていたものが、徐々に現実となりつつあります。中でも、最も注目を集めているのは「再生医療」と、その中心となる役割を果たす「幹細胞」でしょう。幹細胞の研究は1960年代から行われてきましたが、医学における応用はまだ始まったばかりです。
幹細胞の医学への応用が難しい理由は数多くあり、その一つとして、細胞の複雑な内部構造が挙げられます。目の中の光を感知する視細胞から、肌の中にある髪の毛を成長させる毛母細胞まで、私たちの体は固有の機能を持つ様々な細胞の種類から構成されています。ヒトの体は各発達段階において、合計すると200近い種類の細胞を有しているのです。
これらの細胞はすべて、基本的には1つの受精卵から生まれ、成長、分裂、変化を経てヒトの体を形成します。広義には、幹細胞は分化能を持つ特殊化していない細胞のことを言います。幹細胞がどのように分化していくのか、その複雑な過程を解き明かすことは、一生の課題という研究者も少なくありません。九州大学大学院医学研究院の林克彦教授は、この難解な領域において、細胞の種類の中でも最もユニークな「生殖細胞」に着目しています。
「大きく分けて、生体細胞は体細胞と生殖細胞に分けられます」と林教授は説明します。「生殖細胞は精子や卵子といった配偶子を生み出します。生殖細胞以外は全て体細胞であり、生殖細胞は極めて特殊な細胞なのです。生殖細胞は有糸分裂と減数分裂によって分裂し、細胞の中で唯一、遺伝情報を運び、新しい生命を創造します」。
林教授は、配偶子がどのようにして作られるのか、つまり配偶子形成の基本的なメカニズムを専門に研究しています。他の細胞と同様に、配偶子も正確に制御された段階を踏んで作り上げられます。研究者たちはマウスとヒトの細胞のそれぞれの段階を注意深く観察することで、この不思議な過程を少しずつ明らかにしてきました。
「始原生殖細胞は全ての配偶子の前駆体であり、私たちが最初に注目するものです」と林教授は言います。「私たちは何年にもわたって、各分化の段階における重要な分子や条件を明らかにしてきました。そして、シャーレ上に同じ状態を再現し、より詳しい観察を始めました」。
近年、林教授の研究チームは卵母細胞を発生させる条件を再現し、胚性幹細胞(ES)、さらには人工多能性幹細胞(iPS)から卵細胞を作ることに成功しています。また実験室条件下で、これまでに卵母細胞を生成する細胞と、その卵母細胞が完全に成熟することを可能にする支持細胞の再現へと至っています。
実験室で幹細胞から配偶子を作り出せるのであれば、自ずと次の課題となるのは、そのヒトへの応用です。林教授は自らの研究がその可能性を秘めていることを認めつつも、性急な議論には警鐘を鳴らします。
その理由について、こう説明します。「私たちは、まだこの分野をかじり始めただけに過ぎません。解明するべき謎がまだ多く残されており、それらに答えて初めてヒトへの応用について検討を始めることができるのです。今こそ、この研究の先にある未来の倫理的問題について議論するべき時です」。
この分野を取り巻く環境が前進する中にあって、林教授は生命を生み出す根源的なメカニズムを解明するべく日夜研究に打ち込んでいます。
「まさに、生命が私たちの遺伝情報を伝えていくのと同様に、我々は研究を通じて得られた知識を後世に伝えていきます」と林教授は結びます。「この分野で私が一つ新たな知見を加えるたびに、自分自身がこの終わりなきリレーの一部分となり、それを次世代の才能豊かな若き研究者たちへと繋いでいく責任を負うのです」。