生物絶滅規模の天体衝突の痕跡から環境変動メカニズムを解読する
Discover the Research Vol.4 理学研究院 助教 佐藤 峰南(さとう ほなみ)
「恐竜が絶滅した原因は?」と聞かれて思い浮かぶのは、隕石衝突。
理学研究院で地質学を専門とする佐藤峰南先生は、そうした天体衝突の痕跡を地層中から探し出し、地球の環境変動メカニズムの究明に向け研究を続けています。
地質調査の方法や地質学の魅力について佐藤先生に話を伺いました。
地層から地球の歴史を紐解く
先生の研究内容を教えてください。
私の専門は地質学・地球化学です。なかでも、天体衝突イベントの痕跡を地層中から探し出し、環境変動メカニズムを解明するという研究をしています。天体衝突イベントとは、文字通り天体が地球表層にぶつかる現象のことです。天体衝突イベントには、その時代に生息していた生物を絶滅に追いやった可能性がある規模の大きなものから、地球環境にほとんど影響のないレベルの小さなものまでありますが、私はその中でも規模の大きな天体衝突に焦点を当ててきました。
どのように天体衝突の痕跡を調査しているのですか?
国内外を問わず現地を訪れて岩石試料を採取し、実験室で分析を行っています。主にヨーロッパとアメリカの地層を調査することが多いですね。
私の主な調査対象は、古いものだと30億年前、新しいものだと恐竜が絶滅した約6600万年前の地層ですが、特にヨーロッパは2億年ほど前の堆積物がとてもよい状態で残されているのでよく調査に訪れています。
地層の調査は過酷そうな環境ですね。
山奥のように調査場所までの道のりが険しいことが多いので、装備はしっかり整えて出かけます。行きはリュックサックの中身がほとんど空っぽなのでまだよいのですが、帰りは岩石試料を目一杯詰め込み、かなりの重さを背負ったまま歩くことになるので大変ですね。
衝突の痕跡がある場所はどのように目星をつけるのですか?
規模の大きな天体衝突では地表にクレーターが形成されるのですが、クレーターは周辺環境の影響を受けやすく時間とともに消えてしまうので調査には限界があります。
そこで、天体が衝突するときにまき散らされた物質が地層中に堆積して残っているはずだという前提のもと、クレーターの形成時期と同じ年代の地層がどこにあるのかというのを文献などで突き止めて調査しています。
採取した試料からどのように対象の物質をピックアップするのですか?
ピックアップの方法は2種類あります。
1つ目は、地層中に残されている物質は、衝突時の熱で溶けて表面が丸くなっていることが多いので、顕微鏡などで表面の丸い粒子が地層中にないかを探す方法です。
もう1つは、天体に豊富に含まれる「強親鉄性元素(オスミウムやイリジウム、白金など)」という元素に焦点を当てる方法です。採取した試料中に強親鉄性元素がないかを高精度な分析装置で測定し、地球上では通常考えられないような強親鉄性元素の濃集が存在していれば、それは天体衝突の証拠である可能性が高いと考えられます。
いずれの方法でも、現地で試料を採取した段階では、その岩石中に対象の物質が含まれているのかなかなか分からないので、まずは大量の試料を集めて観察を進めるという作業の繰り返しです。
宇宙の歴史のカケラを手にする感動に魅せられて
先生が地質学の分野に興味をひかれたきっかけは?
高校生のころは大学で天文学を学びたいと思っていました。大学で理学部に進んだのですが、大学で「地層中から宇宙物質を検出する」という内容の講義を受けたのがきっかけで、地層を通して過去に宇宙で起きたできごとを知ることができる地質学という分野に興味が湧きました。
確かに宇宙の歴史を垣間見られるとしたらワクワクしますね。
そうなんです。大学生のころに卒業論文で、日本の地層から規模の大きな天体衝突の痕跡を見つけられないか調査していたところ、岐阜県の木曽川沿いで発見することができ、そのときは興奮しました。
地層中から過去に地球にやってきた宇宙物質を発見し、「宇宙の歴史を自分が今まさに手にしている」という感覚を味わえることは地質学の大きな魅力だと思います。
研究者になってからの思い出深いできごとはありますか?
2016年に恐竜が絶滅した時代に形成されたクレーターを掘削する国際プロジェクトに参加しました。海底から堆積物を引き上げて、クレーターの下に通常では考えられないような特異的な地層が厚く堆積しているのを目にしたときは、過去に地球環境に大きな影響を与えるような巨大な天体衝突が本当に起こっていたのだという実感を得られて感動したことを覚えています。
地層に焦点を当てるからこそ見えるものがある
先生の研究室ならではの特徴はありますか?
天体そのものではなく、地層中から宇宙物質を検出できる点が大きな強みだと思います。地層中の痕跡は地球に元から存在する岩石に希釈されているため検出が難しいものなのですが、私の研究室では手法に改良を重ねてそれを可能にしました。
天体そのものではなくて、地層を調査するのはなぜですか?
地層を調査すると時間解像度の高い情報を得ることができます。1枚の地層を境に、前後でどのような環境変動が起こったのかまで詳しく見えてくるのです。クレーターや天体そのものの研究だけでは分からなかった情報を得られるので、環境変動をより詳しく究明するには地層まで調査する必要があると考えています。
令和5年度に科学技術分野で文部科学大臣表彰を受賞された研究について教えてください。
私の学生時代の指導教員や共同研究者と一緒にずっと進めていた研究です。宇宙塵(うちゅうじん)と呼ばれる直径1ミリ以下のごく小さな塵状の宇宙物質から規模の大きな天体衝突イベントまで、あらゆる宇宙物質の流入履歴を地層中から検出しようという研究でした。 規模の大きな天体衝突ですと環境変動を引き起こすなどその時代に生息している生物に与える影響が大きいので、過去の事例を参考に地球の環境がどのように変化していくのか、未来予測にも役立てられるのではないかと期待しています。
地質学のおもしろさをもっと伝える
普段、学生に指導するうえで意識していることはありますか?
学生一人ひとり興味関心のある対象は違います。そのため、研究資料や調査地域などはこちらである程度候補を用意しておきますが、研究の方向性や手法などは学生自らが考えて決められるよう、こちらからはあまり提案しすぎないように気をつけています。
研究室の学生にはどのような人材に成長してほしいですか?
研究職に就くかどうかにかかわらず、探究心を忘れず仕事に取り組める人材になってほしいです。自分の仕事に誇りを持ち、常に「自分には何ができるのか」を考えて、プラスアルファの価値を生み出せるような人材になってくれることを期待しています。
今後の目標を教えてください。
天体衝突に特化した研究室の開設を目標にしています。世界各地にさまざまな時代の痕跡が残されており、試料は無数に存在しているので、それらを網羅するくらい勢いのある、「ここなら天体衝突のことが何でもできる」という研究室を作りたいです。
また、恐竜が絶滅した原因の一説として有名な天体衝突イベントは一般の方、特に子どもたちにも受け入れられやすく、アウトリーチのしやすい分野なのではないかと思っています。地質学全体についてももっと多くの方々に知ってもらえるような機会を作っていけたらいいなと考えています。
最後に、進路に悩む高校生にひと言いただけますか?
地質学は宇宙の歴史を垣間見ることができるロマンのあるおもしろい分野であり、また、理系だと高校ではあまり学習しないからこそ発見も多い分野なのでぜひ興味をもっていただけるとうれしいです。
大学は文理にかかわらず様々な分野を学ぶことのできる環境が整っているので、自分の興味のあるものを見つけて突き進んで欲しいと思います。