Research Results 研究成果

糖尿病による持久力低下を回復させる候補物質を発見

⾻格筋の代謝物を標的とするサルコペニア治療法の開発に期待 2023.11.10
研究成果Life & Health

ポイント

  • 糖尿病は⾻格筋量と筋⼒の低下(サルコペニア)と関連するが、有効な治療法がなく、⾼齢化社会のわが国において喫緊の課題である。
  • 肥満糖尿病マウスにSGLT2 阻害薬を投与すると、⾻格筋で内因性AMPK 活性化物質の増加を伴って持久⼒を改善させることを発⾒した。
  • ⾻格筋の代謝物を標的とするサルコペニアに対する画期的な治療法の開発が期待される。

概要

 糖尿病は、転倒や⾻折や寝たきりに結びつくサルコペニア(※1)のリスク増加と関連しますが、サルコペニアに対する有効な治療法はありません。最近、糖尿病の治療薬であるナトリウム-グルコース共輸送体2(SGLT2)阻害薬(※2)が⼼不全や慢性腎臓病の治療効果が報告されていますが、糖尿病状態の⾻格筋にどのような影響を及ぼすのか、特に⾻格筋機能に与える影響については不明でした。
 九州⼤学⼤学院医学研究院の⼩川佳宏主幹教授、宮地康⾼助教、中村慎太郎⼤学院⽣らの研究グループは、肥満・糖尿病マウスにSGLT2 阻害薬カナグリフロジンを投与すると、⾛⾏距離が約5 倍に伸びることを発⾒しました。また、同⼤学⽣体防御医学研究所の⾺場健史教授、和泉⾃泰准教授、⾼橋政友助教、中⾕航太助教らとの共同研究により、⾻格筋のメタボローム解析(※3)を⾏ったところ、⾛⾏距離が伸びた個体のヒラメ筋ではAICARP(※4)と呼ばれる代謝物が増加することを⾒出しました。
 更に、AICARP の増加は燃料センサーとして知られるAMPK(※5)の活性化と脂肪酸酸化の亢進により⾻格筋におけるエネルギー産⽣を増加して持久⼒を改善する可能性が⽰されました(図1)。
 今回の研究は、⾻格筋内におけるAICARP の増加と持久⼒の回復の関連を⽰すものです。将来、⾻格筋の代謝物を標的としたサルコペニア治療法の開発が期待されます。
 本研究成果は国際科学誌Journal of Cachexia, Sarcopenia and Muscle 誌に2023年11⽉8⽇(現地時間)に掲載されました。

図1 SGLT2阻害薬の投与により⾻格筋でAMPK活性化物質AICARPを同定

研究者からひとこと

左から、⼩川佳宏主幹教授、宮地康⾼助教、中村慎太郎⼤学院⽣

 これまでの研究により、サルコペニアの予防には筋⾁量を増やすことが重要とされています。今回の研究では、筋⾁量の変化はほとんど認めませんでしたが、持久⼒が⼤幅に改善しました。⾻格筋内のエネルギー産⽣を促す代謝物である“AICARP”増加のメカニズムの解明は、⾻格筋の機能低下を改善させ、サルコペニアに対する新たな治療標的になる可能性があります。

用語解説

(※1) サルコペニア
加齢などにより⾻格筋量と筋⼒が低下し、転倒や⾻折や寝たきり状態に⾄る危険性が⾼い状態のこと。
(※2) SGLT2 阻害薬
腎臓の近位尿細管に発現するナトリウム-グルコース共輸送体2(SGLT2)の働きを抑えることにより、尿糖の排出を促して⾎糖値を低下させる薬剤。近年の⼤規模臨床試験の結果により、糖尿病のみならず糖尿病を合併しない⼼不全や慢性腎臓病に対しても⼀部のSGLT2 阻害薬が保険適⽤になっている。
(※3) メタボローム解析
動植物の組織や細胞の代謝物を質量分析計により網羅的に計測して解析する⼿法のこと。
(※4) AICARP(5-アミノイミダゾール-4-カルボキシアミド-1-β-D-リボフラノシル 5ʼ-⼀リン酸)ZMP とも呼ばれるプリンヌクレオチド⽣合成経路の中間体の⼀つ。AMPK 活性化作⽤を有する。
(※5) AMPK(AMP 活性化プロテインキナーゼ)
細胞内の燃料センサーとして知られるたんぱく質。細胞内のエネルギーが⽋乏すると活性化し、糖の取り込みを増やしたり、脂肪酸を酸化したりすることにより、エネルギー産⽣を⾏う。

論文情報

掲載誌:Journal of Cachexia, Sarcopenia and Muscle
タイトル:Improved Endurance Capacity of Diabetic Mice during SGLT2 Inhibition: Role of AICARP, an AMPK Activator in the Soleus
著者名:Shintaro Nakamura, Yasutaka Miyachi, Akihito Shinjo, Hisashi Yokomizo, Masatomo Takahashi, Kohta Nakatani, Yoshihiro Izumi, Hiroko Otsuka, Naoichi Sato, Ryuichi Sakamoto, Takashi Miyazawa, Takeshi Bamba, and Yoshihiro Ogawa
DOI:10.1002/jcsm.13350

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