Research Results 研究成果
ポイント
概要
世界の淡水生態系の豊かさは過去50年間で約83%が失われたとされ、その保全は世界的な課題となっています。日本も例外ではなく、九州の固有種でこの地域の淡水生態系を象徴する淡水魚アリアケギバチ(Tachysurus aurantiacus)も、河川環境の人為改変などの要因で絶滅の危機に瀕しています。しかし、保全に向けた具体的な解決策は確立されていませんでした。
国立大学法人九州大学(以下 九州大学)大学院工学研究院流域システム工学研究室の山﨑庸平氏(修士課程2年)、林博徳准教授、鹿野雄一特任准教授および公益財団法人世界自然保護基金ジャパン(以下 WWFジャパン)の共同研究グループは、福岡県矢部川流域においてアリアケギバチの生息状況と環境の網羅的フィールド調査を行い、当該地域の水利施設である「廻水路」が同種の重要な生息場所であることを明らかにしました。さらにその要因が、廻水路特有の歴史的背景に裏付けられた水管理の方法や水理特性にあることを示しました。廻水路は、江戸時代に、矢部川を境界とする二つの藩(久留米藩と柳川藩)が、稲作のために水資源を自藩領に引き込むために、両藩が競い合って築造した水利施設です。その機能は現在でもなお健在で、矢部川流域の農業と人々の暮らしを支えています。本研究成果は、水争いの解決策として造られた廻水路が数百年の時を経て、意図せず淡水魚類多様性を支えていることを示しました。このように本研究では、土木遺構である廻水路の保全が生物多様性保全に貢献することを示しました。地域の歴史文化的背景を持つ遺構や水管理システムが、生物多様性保全の重要な解決策となり得ると考えられます。
本研究は、生物多様性と歴史・文化が結びついたユニークな研究でもあり、その成果は2024年6月に国際学術誌「Biodiversity Data Journal」のオンライン版にて公開されました。
研究者からひとこと
本研究は、歴史や文化を大切にする姿勢が生物多様性の保全にも寄与する可能性を示唆したものです。大学院生の私にとって本研究は、研究活動に魅力を感じるきっかけとなりました。今後も生物多様性の保全に貢献できる研究活動に携わりたいと考えています。本成果が地域の歴史や文化の価値の見直しに繋がり、真に豊かで持続可能な社会の構築に資することを願っています。(修士2年 山﨑庸平)
用語解説
(※1) 廻水路
江戸時代に矢部川を藩境とする二つの藩(久留米藩と柳川藩)が、水田耕作のために水資源を自藩領に引き込むために、競い合って築造した水利施設。水資源を巡る諍いの中で造られたものであるが、廻水路及びその水利システムの構築は水争いの解決策として機能した。現在もなお、矢部川流域の農業や地域の暮らしを支えている。そして、ほぼ築造当時の構造や環境が維持されており、地域固有の風景や歴史・文化の象徴でもある。
論文情報
掲載誌:Biodiversity Data Journal
タイトル:Detour canal, a civil engineering heritage created through historical struggle for water resources, now provides the habitats for a rare freshwater fish
著者名:Yohei Yamasaki, Hironori Hayashi, Suguru Kubo, Takashi Namiki, Yuichi Kano
DOI:10.3897/BDJ.12.e119517
URL: https://bdj.pensoft.net/article/119517/
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