Research Results 研究成果
ポイント
概要
2030年ごろに普及するBeyond 5Gは、フィジカル空間とサイバー空間との間で信号伝送と処理が相互に融合し、スマートシティ、遠隔医療、ロボティックスの普及などの通信技術を社会生活により一層身近なものにすると言われています。一方、これを支えるイーサネットスピードは、格段の高速化が求められるため、6Gを実現する高性能なデバイスやシステムの開発は急務となっています。
光変調器は、上記の光通信トラフィックを牽引する光コンポーネンツとして最も重要なデバイスの一つであり、その動作性能の向上は光信号伝送の高速化の鍵となります。
本研究では、既存の光通信速度を大幅に超えるような超高速光変調を実現するため、電気光学効果と速度応答性に優れた強誘電体薄膜を応用した光変調器の作製に取り組みました。ペロブスカイト型金属酸化物として知られる強誘電体は、誘電性、焦電性、圧電性など様々な興味深い物理的性質を持ちますが、適切に元素組成と結晶配列を調整した結晶体は強い電気光学効果を持つことも知られています。しかし、その結晶成長は困難であり、光学デバイスの作製に有用なシリコン基板上で結晶膜を形成するには課題がありました。
九州大学先導物質化学研究所の横山士吉教授らの研究グループは、強誘電体(PLZT)薄膜をシリコン基板上に結晶膜を形成させる方法を見出し、超高速光変調器を作製することに成功しました。光変調器は、長さ2.5mmの小型化を可能にしたばかりでなく、既存デバイスの10倍以上の動作効率を示し、高速性では170ギガボーレート以上で変調動作することを明らかにしました。このような超高速光変調は、6Gを支える様々な光ネットワーク伝送の最先端技術や光量子コンピュータを支える光集積技術への展開も期待できます。
本成果は、令和6年7月2日(火)に、英国科学誌(Nature Portfolio)の「Communications Materials」に掲載されました。
研究者からひとこと
研究チームでは、これまでに物質科学研究と融合した高性能光デバイスの研究を進めてきました。今回得られた研究成果は、これまで困難であった強誘電体薄膜をシリコン基板上に形成できたことが鍵となります。変調器は高速性に優れているばかりでなく、小型化(2.5mm以下)も実現しています。
用語解説
(※1) Beyond 5G(6G): 2030年代に導入される次世代の情報通信インフラであり、あらゆる産業や社会活動の基盤となることが見込まれている。6Gを実現するデバイス・システム技術では、5Gの特徴(高速・大容量、低遅延、多数同時接続)に加えて、「超低消費電力」、「通信カバレッジの拡張性」、「自律性」、「超安全・信頼性」などの機能の実現に向けた開発が期待されている。
(※2) 光変調器:光ファイバー通信のため、高速な時間信号を生成するための変調器。光トランスミッタと呼ばれることもあり、光通信システムに組み込まれている。動作原理は、光の強度や位相、周波数などを電気信号で変化することで、送りたい電気信号を光信号に変換して光ファイバーにのせるためのデバイス。
(※3) 電気光学効果:物質に電界を加えることで屈折率が変化する現象。代表的な物質として、強誘電体酸化物結晶があり、光通信用では、ニオブ酸リチウムLiNbO3の電気光学効果を応用した長距離伝送用の光変調器がある。
(※4) 強誘電体:誘電体の一種で、電場印加がなくても構成原子による電気双極子が整列しており、かつ双極子の方向が電場によって変化できる物質。代表的な物質としてチタン酸バリウム BaTiO3 (通称BTO)やチタン酸ジルコン酸鉛 Pb(Zr,Ti)O3 (通称PZT)などがある(一般式ABO3を持つペロブスカイト型酸化物と呼ばれる)。本研究で用いたPLZTはチタン酸ジルコン酸鉛にランタンを混入した強誘電体であり、高い電気光学効果を持つ。
論文情報
掲載誌:Communications Materials
タイトル:Ultra-fast perovskite electro-optic modulator and multi-band transmission up to 300 Gbit s−1
著者名:Jiawei Mao, Futa Uemura, Sahar Alasvand Yazdani, Yuexin Yin, Hiromu Sato, Guo-Wei Lu & Shiyoshi Yokoyama
DOI:10.1038/s43246-024-00558-5
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