Research Results 研究成果

太陽圏の果てで宇宙線はどのように作られるのか

スーパーコンピュータ「富岳」による世界最高精度の計算で再現
総合理工学研究院
松清 修一 教授
2024.07.29
研究成果Physics & Chemistry

ポイント

  • 宇宙線(宇宙放射線)(※1)の生成機構は発見以来未解明
  • 大規模かつ高精度な第一原理計算(※2)で太陽圏外縁環境を再現し初期の宇宙線生成機構を解明
  • 次期太陽圏探査ミッションでの検証に期待

概要

 宇宙空間を飛び交う放射線(宇宙線)は1912年に発見されました。地上の加速器では到底実現できないような高いエネルギーをもちますが、その生成機構は発見以来謎のままです。
 九州大学大学院総合理工学研究院の松清修一教授と千葉大学国際高等研究基幹の松本洋介准教授は、太陽圏の外縁で生成されることが知られている宇宙線異常成分(この領域で生成される宇宙線を特別にこのように呼びます)の加速過程を調査しました。太陽圏とは、宇宙空間において太陽を起源とするプラズマが占める領域のことで、最低でも数百億キロメートル以上にわたって広がっているとされています。過去に唯一、太陽圏外縁の直接探査に成功したボイジャー探査機(※3)はたしかに宇宙線異常成分を観測したものの、その生成率が探査当時の理論的予測と明らかに異なるなど、宇宙線生成機構の謎は深まっていました。研究グループが注目したのは外縁領域に存在する衝撃波での粒子加速で、加速のトリガーとなる初期の加速機構がどのように発現するのかという点です。スーパーコンピュータ「富岳」(※4)を使って宇宙プラズマ衝撃波の大規模かつ高精度な第一原理計算を行い、宇宙線異常成分の種になる陽子の初期加速過程を世界で初めて解き明かしました。
 宇宙線には遠く離れた高エネルギー天体現象の情報を我々に伝えるメッセンジャーとしてのはたらきがあるほか、銀河や生命の進化にも影響を与えると考えられており、その生成機構の解明は自然科学のさまざまな分野の研究を促進することが期待されます。
 本研究成果は米国の雑誌The Astrophysical Journal Lettersに2024年7月29日(月)午後5時(日本時間)に掲載されました。

研究者からひとこと

 宇宙線異常成分の加速には複数のモデルがあり、目下数値計算による検証が盛んです。ここでは従来よりも格段に精度の高い第一原理計算を用いて衝撃波による加速過程を詳細に調べました。計算コストのかかる第一原理計算で陽子の初期加速を再現することに世界で初めて成功したのは、「富岳」の高い計算能力のおかげです。

左上)太陽圏の模式図。この図の赤枠の領域(終端衝撃波とその近傍)を第一原理計算で再現。 左下)計算で再現した衝撃波近傍のようす。上は陽子の密度、下は磁場構造を表す。 右上)内部ヘリオシースの陽子のエネルギー分布。図中の角度は衝撃波面に対する磁力線の向きを表す。 右下)代表的な被加速粒子の軌道とエネルギーの変化。左右の線の同じ色が同じ時刻に相当する。

用語解説

(※1) 宇宙線
宇宙空間を飛び交う高エネルギーの粒子・放射線の総称で、宇宙放射線とも呼ばれる。

(※2) 第一原理計算
膨大な数(数百億個)の電子と陽子の運動方程式と、マックスウェル方程式(電磁場の基礎方程式)を連立して解くプラズマの数値計算法。(無衝突)プラズマ物理学の第一原理に忠実で計算精度の高い方法だが、電子スケールのミクロな構造を解く解像度が必要なため陽子が関係する現象を扱うには大規模計算が不可欠である。

(※3) ボイジャー探査機
1977年に打ち上げられた米国の宇宙探査機で現在は太陽圏外の星間空間を航行中。2004年(1号機)と2007年(2号機)に太陽圏終端衝撃波を通過して貴重なデータを取得した。

 (※4) スーパーコンピュータ「富岳」
スーパーコンピュータ「京」の後継機として理化学研究所が設置し、2021年3月から共用を開始した計算機。2020年6月以降、世界のスーパーコンピュータに関するランキングにおいて、4部門で4期連続1位、うち2部門で9期連続1位を獲得するなど、世界トップレベルの性能を持つ。

論文情報

掲載誌:The Astrophysical Journal Letters
タイトル:Injection process of pickup ion acceleration at an oblique heliospheric termination shock
著者名:Shuichi Matsukiyo and Yosuke Matsumoto
DOI:10.3847/2041-8213/ad5d73