Research Results 研究成果

クリプトコッカス症の原因真菌が病原性を失うメカニズムの解明

―新たな治療薬開発への道が拓かれるー
農学研究院
伊東 信 学術特任教員 / 石橋 洋平 助教
2025.04.25
研究成果Life & Health

ポイント

  • クリプトコッカス症原因真菌の糖脂質分解酵素の欠損あるいは阻害によって病原性が消失
  • 病原性消失の原因は、病原菌の液胞への糖脂質の蓄積によるオートファジー不全および細胞外に排出された糖脂質によるミンクル依存性の免疫系の活性化
  • 新たな病原性消失メカニズムから新たなクリプトコッカス症治療法の開発へ

概要

クリプトコッカス・ネオフォルマンス(Cryptococcus neoformans、以下Cn)という酵母様真菌によって引き起こされるクリプトコッカス症は、HIV/AIDS等の免疫不全患者に致命的な影響を与えます。現在の治療薬には、耐性菌や深刻な副作用の問題があり、新たな治療薬の開発が強く求められています。 九州大学大学院農学研究院の渡辺 昂 特任助教(現、川崎医科大学助教)、永井正義 特任助教(現、大阪公立大学助教)、石橋洋平 助教、伊東 信 特任教授(現、学術特任教員、名誉教授)らの研究チームは、Cnの「液胞」1)で働く特定の酵素(EGCrP2/Sgl1)が欠損または阻害されると、「エルゴステリルグルコシド」(EG)2)および「アシル化EG」(AEG) 3)という糖脂質が液胞に蓄積し、Cnの「オートファジー」4)が十分に働かなくなることを見出しました。その結果、感染条件下(37℃、低栄養)で細胞死が顕著に促進されることを突き止めました。一方、Cnは液胞に蓄積したEG/AEGを細胞外小胞によって菌体外に排出します。排出されたEG/AEGは感染者の免疫系のセンサー分子「ミンクル」5)に感知され、Cnを排除する免疫系が作動することが分かりました。つまり、①病原体の弱体化と、②感染者の免疫系活性化、という二つのメカニズムの相乗効果により、Cnは完全に病原性を失うことがマウス感染実験において証明されました。この発見は、今後のCn治療薬開発にブレークスルーをもたらす可能性があります。

本研究成果は米国の雑誌「PLOS Pathogens」に2025年4月25日(金)午前4時(日本時間)に掲載されました。

研究者からひとこと

EGCrP2/Sgl1は、九州大学の研究チームが2015年に初めて報告した酵素です。今回、EGCrP2/Sgl1欠損株の病原性が消失するメカニズムを解明することができました。今後、このメカニズム解明が新しい抗真菌薬の開発に寄与し、真菌感染症に苦しむ多くの人々の救いになることを願っています。

Cnの液胞に存在するEGCrP2/Sgl1を欠損あるいは阻害すると液胞にEG/AEGが蓄積する。その結果、液胞でのオートファジーの進行に不具合が生じ、感染条件下(37℃、低栄養)でCnの細胞死が促進される。液胞に蓄積するEG/AEGの一部は細胞外小胞によって菌体外に排出され、免疫センサー分子ミンクルに感知され、病原体排除の免疫系が作動する。

用語解説

1) 真菌類の場合、不要物の分解という役割の他に、低栄養条件下での自食作用(オートファジー)を担っている。
2) 真菌の主要なステロールであるエルゴステロールにグルコースが1分子結合した糖脂質。
3) EGのグルコースに脂肪酸が1分子結合した糖脂質。EGよりも強力な免疫賦活化作用がある。
4) 飢餓状態を生き抜くために液胞における自己消化によって栄養源を確保する仕組み(自食作用)。
5) ヒトやマウスのマクロファージや樹状細胞に発現する膜タンパク質。病原体センサーとして感染防御に働く。

論文情報

掲載誌:PLOS Pathogens
タイトル:Vacuolar sterol β-glucosidase EGCrP2/Sgl1 deficiency in Cryptococcus neoformans: dysfunctional autophagy and Mincle-dependent immune activation as targets of novel antifungal strategies
著者名:Takashi Watanabe¶, Masayoshi Nagai¶, Yohei Ishibashi¶*, Mio Iwasaki, Masaki Mizoguchi, Masahiro Nagata, Takashi Imai, Koichi Takato, Akihiro Imamura, Yoshimitsu Kakuta, Takamasa Teramoto, Motohiro Tani, Junko Matsuda, Hideharu Ishida, Sho Yamasaki, Nozomu Okino, Makoto Ito*(¶: equal contribution *: corresponding author)
DOI:10.1371/journal.ppat.1013089

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農学研究院 伊東 信 学術特任教員(名誉教授)
農学研究院 石橋 洋平 助教