Research Results 研究成果
ポイント
概要
染色体の複製開始においては、複数のタンパク質により高次で動的な複合体が複製起点DNA領域で形成されます。しかしながら、細胞内で何らかの障害が生じて、このような複合体形成プロセスが阻害された場合(複製開始ストレス)、細胞がどのように対応するかについては、よく理解されていません。
これまで九州大学大学院薬学研究院分子生物薬学分野では、大腸菌の染色体DNA複製起点(oriC)で形成される高次複合体とその動的メカニズムを詳細に解明してきました。まず、複製起点oriCでは複製開始因子であるDnaAタンパク質(※1)が2つの複合体を形成します(図1:「正常」)。これらのDnaA複合体は、直接結合によりDnaBへリカーゼ(※2)を複製起点に呼び込みます。oriC DNAの一部が一本鎖化(開裂)し、2分子のDnaBへリカーゼがDnaA複合体との動的な相互作用を介して、それぞれの一本鎖DNAに装着します(図1:「正常」)。これらのDnaBへリカーゼはDNA上を双方向に進行しDNAを一本鎖化していき、そこにDNA合成酵素が呼び込まれDNA複製が起こります。このように明らかになってきた正常なプロセスにおける複製開始の原理機構を基盤にして、複製開始ストレスへの対応機構の謎に挑むことができるようになりました。
まず、当分野では、DnaA複合体の形成が部分的に阻害された場合の対応機構について解明を進めました(Sakiyama et al., 2022年)。ここではoriC DNAの一本鎖化が不安定になりDnaBへリカーゼの一本鎖DNA装着が阻害されますが、この時、oriCに隣接しているAT配列クラスターがDnaBへリカーゼ装着をレスキューすることが明らかになりました。AT配列クラスターは熱運動により一本鎖化しやすい性質があり、DnaBへリカーゼ装着を促進できます。
今回は、DnaA複合体とDnaBへリカーゼの相互作用が阻害された場合の対応機構を初めて解明しました。この場合は、一本鎖DNAやDnaBへリカーゼと相互作用するPriCタンパク質(※3)が複製開始阻害をレスキューすることが明らかになりました。PriCタンパク質は、DnaBへリカーゼとDnaA複合体との相互作用に依存しない機構によって、DnaBへリカーゼをoriCの一本鎖DNA領域に装着させます(図1)。このようなPriCによるバイパス機構は、DnaA複合体の形成が部分的に阻害された場合でもDnaBへリカーゼ装着をレスキューできました。
これらの成果から、大腸菌は、複製開始ストレスに対応する複数の応答機構(バイパス)をもっており、多様な障害を乗り越えて複製開始できる頑強性を築いていることが明らかになりました。これは細菌の増殖のホメオスタシス(恒常性・安定性)機構の理解を深めるだけでなく、真核細胞の増殖制御機構や、DNA複製を阻害する抗菌剤や抗がん剤の開発や作用機序の理解においても重要な基盤となるものです。
なお本研究成果の論文公開にあたっては、コペンハーゲン大学Anders Løbner-Olesen博士による紹介記事が同時に掲載されました。ここではPriCによる複製開始レスキュー機構の原理が細菌界を超える普遍性をもつ可能性や細菌のウイルス耐性に寄与する可能性も指摘されています。
本研究成果は米国科学誌「eLife」に2025年5月29日(木)にオンライン公開されました。
図1 複製起点oriCにおける複製開始機構(正常)と阻害時のレスキュー機構
用語解説
(※1) DnaAタンパク質
細菌界に広く保存されている染色体DNA複製開始因子。真核生物界やアーキア(古細菌)界ではOrc1/Cdc6が構造的・機能的にDnaAタンパク質に相当する。
(※2) DnaBヘリカーゼ
細菌界に広く保存されているDNA複製因子。ホモ六量体としてリングまたは螺旋状の複合体を形成する。複合体の中空部に一本鎖DNAを通す形でDNAに装着する。真核生物界やアーキア(古細菌)界ではMCM複合体が構造的・機能的にDnaBヘリカーゼに相当する。
(※3) PriCタンパク質
175個のアミノ酸からなる比較的小さいタンパク質ながら、一本鎖DNA、DnaBヘリカーゼ、SSB(一本鎖DNA結合タンパク質)と相互作用するなど多機能。大腸菌に感染するウイルス(φx174ファージ)の複製開始に関わる因子(当初の命名はprotein n”)として見出された (Arai et al., 1980)。
論文情報
掲載誌:eLife
タイトル:Primosomal protein PriC rescues replication initiation stress by bypassing the DnaA-DnaB interaction step for DnaB helicase loading at oriC
著者名:Ryusei Yoshida, Kazuma Korogi, Qinfei Wu, Shogo Ozaki, Tsutomu Katayama
DOI:10.7554/eLife.103340
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