Research Results 研究成果
ポイント
概要
図. 老化細胞のリソソームを酸性化させることでフェロトーシス感受性が高くなる
がん研究会がん研究所細胞老化研究部の羅智文(ろーつーうぇん)特任研究員、周翔宇(しゅうしょうう)博士研究員、高橋暁子(たかはしあきこ)部長を中心とするグループは、正常な細胞においては酸性に保たれている細胞内分解器官であるリソソームの内部が老化細胞では中性に近づくことで、老化細胞においてリソソーム内部に鉄が滞留し、鉄依存性の細胞死である「フェロトーシス」が生じにくくなることを明らかにしました。
正常な細胞がさまざまなストレスを受けた結果として生じる老化細胞は、慢性的な炎症環境をつくることで、がんを含む加齢性疾患の発症や進行を促進することが知られています。近年、老化細胞に蓄積した鉄が炎症性因子の誘導や病態の発症に関わることが明らかになりつつあります。興味深いことに、老化細胞は鉄を多量に保持しているにもかかわらずフェロトーシスに対して抵抗性を示すことが報告されていますが、その詳細なメカニズムは不明でした。
本研究グループは、細胞内のリソソームの機能がフェロトーシスの誘導に重要な役割を果たすことを明らかにしました。老化細胞ではリソソームの酸性度を保つV-ATPase※4というタンパク質複合体の機能が低下しているためにリソソーム内部が中性に近くなり、これにより2価鉄イオン(Fe2+)がリソソームに留まることで、フェロトーシスの原因となる脂質過酸化反応※5が細胞全体で生じにくくなることを発見しました。そして、リソソームを酸性化させる薬剤を処置した老化細胞は、フェロトーシスを引き起こしやすくなることを明らかにしました(図)。
さらに本研究グループは、老化細胞と同様のリソソーム機能異常が膵臓がん細胞でも起こって、がん細胞のフェロトーシス抵抗性にも関与していることを見出しました。膵臓がんのモデルマウスを用いた実験で、リソソームの酸性化によって膵臓がんの発症やがん細胞の増殖を抑制できることを示しました(図)。本研究により、老化細胞におけるリソソーム機能障害とフェロトーシス抵抗性との関連が明らかになったことで、リソソームの酸性度を制御することが、がんを含む加齢関連疾患の新たな治療戦略となる可能性が示唆されました。
本研究成果は、令和7年7月29日18時(日本時間)に、Nature Communicationsオンライン版に掲載されました。
用語解説
(※1)老化細胞
正常な細胞がDNA損傷などのさまざまなストレスを受けることで生じる、細胞分裂を不可逆的に停止した細胞。増殖性を失っているものの生存を維持し続け、炎症性因子などを分泌することで、がんや動脈硬化、糖尿病、神経変性疾患などの加齢性疾患の発症や進展を促進する。
(※2)フェロトーシス
鉄に依存して細胞内の脂質が酸化されることで生じる過酸化脂質が蓄積することにより引き起こされる、細胞死の形態の一つ。がんの治療抵抗性や神経変性疾患の病態に関わることから、治療標的として注目されている。
(※3)リソソーム
細胞小器官の一つであり、主に細胞内の不要物などの分解を担う。リソソームの内部は酸性に保たれており、酸性環境において高い活性をもつ多くの加水分解酵素が存在する。また、鉄の細胞内輸送や分配においても重要な役割を果たす。
(※4)V-ATPase(vacuolar-type ATPase)
ATPの加水分解によるエネルギーを用いてプロトン(H+)をリソソーム内に輸送し、リソソーム内部を酸性化させる働きをもつプロトン輸送体。リソソーム膜上に存在し、多数のサブユニットから構成される複合体である。
(※5)脂質過酸化反応
細胞内の多価不飽和脂肪酸をはじめとする脂質が活性酸素などにより脂質ラジカルとなり、その後連鎖的に反応して過酸化脂質を生成する過程。生成物によって細胞膜やDNA、タンパク質などが損傷を受け、過度に反応が生じた際はフェロトーシスにつながる。
論文情報
論文名:
Senescence-associated lysosomal dysfunction impairs cystine deprivation-induced lipid peroxidation and ferroptosis
ジャーナル名:
Nature Communications
著者:
Tze Mun Loo1, Xiangyu Zhou1, Yoko Tanaka1, Sho Sugawara1, Shota Yamauchi1, Hiroko Kawasaki1, Yuta Matsuoka2, Yuki Sugiura2, Shinya Sakuma3, Yoko Yamanishi3, Satoshi Yotsumoto4, Kosuke Dodo5, Yoshitaka Shirasaki6, Takashi Kamatani7, Akiko Takahashi1,8*
著者の所属機関:
1. 公益財団法人がん研究会 がん研究所 細胞老化研究部
2. 京都大学 大学院医学研究科附属 がん免疫総合研究センター
3. 九州大学 大学院工学研究院 機械工学部門
4. 東京薬科大学 生命科学部 生命医科学科 免疫制御学研究室
5. 理化学研究所 環境資源科学研究センター 触媒・融合研究グループ
6. 東京大学 先端科学技術研究センター 光量子イメージング分野
7. 東京科学大学 総合研究院 M&Dデータ科学センター AI技術開発分野
8. 公益財団法人がん研究会 NEXT-Gankenプログラム がん細胞社会成因解明プロジェクト
DOI:
10.1038/s41467-025-61894-9
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