Research Results 研究成果
ポイント
概要
固体中の電子の電荷と、電子が持つ小さな磁石のような性質「スピン」の両方を工学的に利用、応用する「スピントロニクス」(注1)と呼ばれる分野において「希薄磁性半導体」(注2)が注目されています。一般的に、強磁性(注3)などをもたらす交換相互作用(注4)は隣接原子間距離程度の近接作用に限定されています(金属では伝導電子を媒介した別機構の磁性体の例外が存在する)。一方、相転移のユニバーサル理論であるパーコレーション理論(注5)は隣とのパス(磁気転移の場合は隣の磁性原子との結合に相当)が高密度に存在しなければ相転移しないと予測しており、量子スピン系の磁気転移でもこのパーコレーション理論が厳密に成立することを研究グループは最近実証しています(注6)
「交換相互作用は近距離に限定される」「隣接する磁性原子同士の結合が高密度に存在しないと磁気転移しない」という磁性理論の常識が、応力発光(注7)半導体でのスピンドープ強磁性を実現した本研究により打ち破られました。佐賀大学、東北大学、筑波大学、九州大学、高エネルギー加速器研究機構の共同研究グループは、代表的な応力発光物質として知られているEu:SrAl2O4において、希薄磁性原子の添加によるスピンドープ強磁性の発現を見出しました(次頁)。通常強磁性を示さない応力発光半導体に新機能を付与したことも応用上興味が持たれます。本成果は、基礎物性物理学への貢献とともに、未踏の力・光・スピントロニクスに道を拓き、エネルギー関連材料の機能革新に大きく寄与するものです。
本研究成果を報告した学術論文は2025年7月31日に、Wiley社出版のAdvanced Scienceにオンライン先行出版されました。
用語解説
注1. スピントロニクス
固体中の電子が持つ電荷とスピンの両方を工学的に利用、応用する分野のこと。スピンとエレクトロニクス(電子工学)から生まれた造語です。
注2. 希薄磁性半導体
化合物半導体の結晶内の原子のわずかな分量を、磁性を持つ原子(鉄、マンガン、クロムなど)で置換した磁性半導体。磁性を持たせることができます。
注3. 強磁性
強磁性体の中では、原子の中の電子がもつ小さな磁石のような性質(スピンと呼ばれる)が、同じ方向にそろいやすくなり、全体として強い磁場を発生させます。この性質により、強磁性体は外部からの磁場がなくても磁気を持つことができ、冷蔵庫の磁石などの身近な磁石がその例です。
注4. 交換相互作用
磁性を担う電子の波動関数が隣の磁性原子の電子の波動関数と重なり合うことで、磁気モーメント間に相互作用が生じることを指します。
注5. パーコレーション理論
浸透理論とも言います。スポンジへの水の浸透や、伝染病の感染等の普遍現象を単純化したモデルで、その浸透率、感染率(確率)に応じて、ある値を境に様相が一変するという現象(臨界現象)が起きる。その値(臨界確率、閾値)がいくつなのかという問題を考えた理論。
注6. 東北大・佐賀大等2024年11月28日共同プレスリリース
https://www.saga-u.ac.jp/koho/education/2024112835140
注7. 応力発光
材料が受けた力学的なエネルギーに相関して繰り返し発光する現象のこと。1990年代に徐超男教授らによって提唱されました。
図1. ミュオンスピン分光によって明らかになった応力発光物質EuxSr1-xAl2O4 (x = 2%)での新規磁気的挙動(横軸は絶対温度、縦軸はミュオンスピン緩和率)。λ、λ1、λ2はいずれもミュオンスピン緩和率。温度低下とともに100K以下から強磁性的な磁気相関の発達(つまり磁性原子のスピンを強磁性的にそろえようとする力が働き始める)を示すミュオンスピン緩和率λの上昇が観測され、さらに温度を下げると3K以下で強磁性転移にともなって速いミュオンスピン緩和λ1(横緩和)と遅いミュオンスピン緩和λ2(縦緩和)の2成分が観測されるようになります。
図2.応力発光結晶格子において、酸素欠陥にトラップされたポーラロン電子(紫矢印)の働きによって、希薄磁性原子(赤矢印)間に超長距離磁気カップリングが発生。光照射時のポーラロン電子の励起によって磁性を消失させることができ、指タッチのような力の印加によっても磁性の制御が可能と思われます。
論文情報
タイトル:Superlong-Range Magnetic Coupling and Ferromagnetic Spin Freezing in Mechanoluminescent Semiconductor Eu:SrAl2O4
著者:Xu-Guang Zheng, Ichihiro Yamauchi, Tomasz Galica, Eiji Nishibori, Tatsuya Kawae, Jumpei G. Nakamura, Akihiro Koda, Chao-Nan Xu
掲載論文誌:Advanced Science, 31 July 2025
DOI:10.1002/advs.202509474
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