Research Results 研究成果

食道の動き、“数式”でわかる!?

—不思議な動きの仕組みに迫るシンプルなモデルを開発—
医学研究院
三浦 岳 教授
2025.08.20
研究成果Life & HealthMath & Data

ポイント

  • 嚥下障害の原因となる食道の動きの異常は原因がよくわかっていない
  • 食道の動きを再現する数理モデルの開発に成功
  • 食道の病気の原因解明や治療法開発への貢献に期待

概要

ものを食べるときに、飲み込みにくいと感じる経験をしたことがある人は多いと思います。このような嚥下障害は食道の動きの異常が原因で、誤嚥性肺炎などのさまざまな病気の元になるため医学的にも重要です。近年、このような食道の動きの計測手法が発達して、食道特有の不思議な挙動が数多く明らかになってきましたが、これらがどのように生じるかは理解されていませんでした。

本研究では、高精度の蠕動運動※1の計測手法と数理モデル※2とを組み合わせて、食道に特有の蠕動運動のメカニズムを解明する枠組みを開発することに成功しました。

九州大学大学院医学研究院系統解剖学分野の三浦岳教授と病態制御内科学分野の小川佳宏教授、伊原栄吉准教授、城西大学理学部の栄伸一郎教授、北海道大学電子科学研究所の石井宙志助教らの研究グループは、食道の動きをシンプルな数式で再現する新しい数理モデルを開発しました。このモデルは、「脳からの指令」→「腸の中の神経ネットワーク」→「筋肉の動き」という流れを再現したもので、特に、下部食道括約筋(LES,※3)と呼ばれる部分では“オン・オフ”の切り替えスイッチのような仕組みを取り入れています。実際にこのモデルで、正常な食道がどのように食べ物を運ぶかを再現できたほか、シカゴ分類※4と呼ばれる国際的な診断基準にある、さまざまな病的な食道の動きも、パラメーターを調整することで再現できました。

この研究は、食道の病気の原因解明や、新しい治療法の開発にもつながる可能性があります。本研究成果は英国の雑誌「Royal Society Open Science」に2025年8月20日(水)午前8時5分(日本時間)に掲載されました。

研究者からひとこと

私たちは毎日、食事の時に食道にお世話になるのですが、その際、古典的な蠕動運動とは異なる不思議な動きをすることがわかってきました。この挙動を理解することそのものが科学的に興味深いと同時に、嚥下障害に関わる疾患の予防にも関係し、医学的にも重要です。この現象をできるだけシンプルな数式で表すことで、臨床医学と数学の橋渡しができました。(三浦岳)

用語解説

(※1) 蠕動運動(ぜんどううんどう)
管状の臓器において、筋肉の収縮と弛緩が波のように連続して進むことによって、内容物を一定方向に送り出す運動。食道では、嚥下に伴いこの運動で食塊を胃へ運ぶ。

(※2) 数理モデル
生理的・物理的現象を数式や構造で表現した理論モデル。現象の再現や予測、介入の効果検証などに活用される。

(※3) 下部食道括約筋(LES: Lower Esophageal Sphincter)
食道と胃の境界に位置する輪状筋で、通常は収縮して胃酸の逆流を防ぎ、嚥下時に一時的に弛緩して食物を通す。

(※4) シカゴ分類(Chicago Classification)
高解像度内圧検査(HRM)に基づき、食道運動の異常を定量的に評価・分類する国際的な診断指針。アカラシアなどの定義もこの分類に基づく。

論文情報

掲載誌:Royal Society Open Science
タイトル:A mathematical model of human oesophageal motility function
著者名:Takashi Miura, Hiroshi Ishii, Yoshitaka Hata, Hisako Takigawa-Imamura, Kei Sugihara, Shin-Ichiro Ei, Xiaopeng Bai, Eikichi Ihara, Yoshihiro Ogawa
DOI:10.1098/rsos.250491