Research Results 研究成果

術前の歩行速度が人工股関節手術後の成績のカギ

〜1.0m/秒以上で良好な回復 手術時期やリハビリの新しい目安に〜
九州大学病院
中尾 侑貴 医員 / 濵井 敏 准教授
2025.12.01
研究成果Life & Health

ポイント

  • 人工股関節手術(THA)は変形性股関節症の有効な治療法ですが、術後の成績には個人差が認められます。その背景の一つとして、手術を行う時期の適否が術後成績に影響を及ぼす可能性が示唆されますが、適切な手術時期を判断するための明確な指標はこれまで存在しませんでした。
  • 手術後の状態をアンケートで評価し、患者さんが「今の状態に満足できるか」を示す基準(PASS, ※1)と機械学習によるグループ分けの手法(K-meansクラスタリング, ※2)を活用して多角的に解析しました。その結果、術前歩行速度1.0m/秒以上であることが良好な術後成績の目安となることを世界で初めて明らかにしました。
  • 本研究結果は、手術の最適な時期を判断する一助となるとともに、術前リハビリテーションにおける具体的な目標設定に応用できる可能性があり、より良い術後成績につながることが期待されます。

概要

人工股関節置換術(THA)は変形性股関節症による痛みを取り除き、歩行能力を改善する有効な治療法で、良好な長期成績が報告されています。しかし、術後の回復の度合いや機能改善には個人差があり、さらにより良い結果を得るための工夫が求められています。主に痛みの程度やレントゲン画像の重症度などから手術の適応が判断されますが、「いつ手術を受けるのが最も良いのか」を示す明確な基準はありませんでした。

九州大学病院整形外科の中尾 侑貴医員(医学系学府博士課程3年)、濵井 敏准教授、中島 康晴教授らの股関節バイオメカニクス研究グループは、2012年から2018年にかけて当院で人工股関節手術を受けた274人を対象に、術前の身体機能(歩行速度・筋力・関節の可動域など)と術後成績との関連を調べました。成績の評価には、患者さん自身が答えるアンケートである患者立脚型アウトカム(※3)を用いました。さらに患者さんが「今の状態に満足できるか」を示す基準であるPatient Acceptable Symptom State (PASS)を用いて評価しました。加えて、機械学習を用いて似た結果を持つ患者さんを自動的にグループ分けする手法(K-meansクラスタリング)で良好な成績のグループを定義しました。

これらの方法を用いた解析の結果、術前の歩行速度が1.0m/秒以上であることが、手術後に良好な成績を得られる重要な目安であることを初めて明らかにしました。また、この歩行速度には股関節可動域・筋力が関与していることも明らかとなりました。歩行速度は簡便に測定可能であり、手術の適切な時期を判断する目安や、術前のリハビリテーションの目標設定などへの活用が期待されます。

本研究成果は、米国の医学雑誌「The Journal of Bone & Joint Surgery」に2025年11月26日(水)に掲載されました。

参考図

図1:術後の股関節の痛み・機能・違和感に関するアンケート結果を基に、患者さんを3つのグループに分類した図 【緑のグループ(Cluster 1):痛みが少なく、機能が高く、股関節の違和感がほとんどない、成績が最も良好なグループ 青のグループ(Cluster 2):成績が中程度のグループ 赤のグループ(Cluster 3):成績が最も低いグループ】

用語解説

(※1)Patient Acceptable Symptom State (PASS)
治療後の症状や日常生活の状態について、患者さんが現在の状態に満足しているかどうかを判断するための指標。アンケートの点数が一定以上で「満足している」とみなす。

(※2) K-meansクラスタリング
データの特徴に基づいて似た傾向を持つ人を自動的にグループ化する機械学習の手法。

(※3)患者立脚型アウトカム
患者さん自身が回答するアンケートで、感じる痛みや機能、生活の質などを評価する方法。

論文情報

掲載誌:The Journal of Bone & Joint Surgery
タイトル:Preoperative Gait Speed as a Predictor of Patient-Reported Outcomes after Total Hip Arthroplasty: Insights from Patient Acceptable Symptom Status and K-means Clustering Analyses
著者名:Yuki Nakao, Satoshi Hamai, Satoshi Yamate, Toshiki Konishi, Shinya Kawahara, Goro Motomura, Takeshi Utsunomiya, Yasuharu Nakashima
DOI:10.2106/JBJS.25.00542

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