Research Results 研究成果

脳内で働く神経・免疫細胞間コミュニケーションの新たな様式を解明

~今まで治療法がなかったSandhoff病の発症メカニズムの解明と治療法の確立に期待~
生体防御医学研究所
増田 隆博 主幹教授
2025.09.24
研究成果Life & Health

ポイント

  • 脳は神経細胞や免疫細胞など多様な細胞で構成されており、それらの協調によって高度な機能を発揮しています。しかし、細胞同士がどのようにコミュニケーションを取り合い、脳の働きを支えているのかについては、まだ十分に解明されていません。
  • 本研究により、脳内の主要な免疫細胞である「ミクログリア(※1)」が、糖脂質の分解に必要なタンパク質を供給し、神経細胞で脂質代謝を助けていることが明らかになりました。さらに、この仕組みがうまく働かないと脳内に異常な脂質が蓄積し、重篤な神経疾患である「Sandhoff病(※2)」の発症につながることがわかりました。一方で、Sandhoff病モデルマウスに正常な機能をもつミクログリア様細胞を導入すると、異常な代謝サイクルが断ち切られ、中枢神経のバランスが回復することが確認されました。
  • 今回の成果は、神経細胞と免疫細胞の新しいコミュニケーションの仕組みを示すとともに、Sandhoff病に対する新しい治療法の開発につながる可能性を示しています。今後、この分子メカニズムの理解がさらに進むことで、難治性神経疾患に対する革新的な治療戦略の確立が期待されます。

概要

脳は「全身の司令塔」として知られ、神経細胞だけでなく多様な細胞が協調して働くことで、その高度な機能を保っています。しかし、脳内の細胞同士がどのように情報をやり取りし、機能を維持しているのかは、これまで十分にわかっていませんでした。

このたび、九州大学生体防御医学研究所の増田隆博 主幹教授と、ドイツ・フライブルク大学のMarco Prinz 教授らの国際共同研究チームは、最新の解析技術と新規遺伝子改変マウスを用いた研究により、脳の主要な免疫細胞である「ミクログリア」が神経細胞の脂質代謝を助けていることを発見しました。具体的には、ミクログリアが特殊な酵素「β-ヘキソサミニダーゼ(HEX)」を供給することで、神経細胞内の糖脂質GM2ガングリオシドの分解を助けていることを明らかにしました。さらに、遺伝子異常によってHEXが機能しない「Sandhoff病」の患者やモデルマウスでは、神経細胞にGM2ガングリオシドが異常に蓄積し、ミクログリアが過剰に反応して神経変性が進むことがわかりました。一方で、病気のマウスの脳に「正常に働くミクログリア様細胞」を導入すると、この悪循環が断ち切られ、神経の機能が回復することも確認されました。

今回の成果は、脳の中での新しい「免疫細胞と神経細胞の協力の仕組み」を明らかにしただけでなく、ミクログリアを活用した新しい治療法の可能性を示すものです。特にSandhoff病をはじめとする難治性の神経疾患に対し、将来的にミクログリア置換療法といった革新的なアプローチにつながることが期待されます。

本研究成果は英国の国際誌「Nature」に2025年8月7日(木)(日本時間)に掲載されました。

用語解説

(※1) ミクログリア
脳内の主要免疫細胞で、細菌や死細胞を貪食して除去する能力を持ち、その一方で組織の恒常性維持に重要な役割を果たしているマクロファージの一種。

(※2) Sandhoff病
HEXB遺伝子の異常によって引き起こされるライソゾーム病の一種で、ガングリオシドという脂質の代謝産物が脳の組織に蓄積すること特徴。現状、有効な治療法がなく、若年で死に至る神経疾患。

論文情報

掲載誌:Nature
タイトル:Microglia-neuron crosstalk vis Hex-GM2-MGL2 maintains brain homeostasis
著者名:Maximilian Frosch, Takashi Shimizu, Emile Wogram, Lukas Amann, Lars Gruber, Ayelén I. Groisman, Maximilian Fliegauf, Marius Schwabenland, Chintan Chhatbar, Sabrina Zechel, Hendrik Rosewich, Jutta Gärtner, Francisco J. Quintana, Joerg M. Buescher, Thomas Blank, Harald Binder, Christine Stadelmann, Johannes J. Letzkus, Carsten Hopf, Takahiro Masuda#, Klaus-Peter Knobeloch#, Marco Prinz*#  (*correspondence, #contributed equally)
DOI:10.1038/s41586-025-09477-y