Research Results 研究成果

炎症細胞の浸潤から眼を守る涙の秘密を発見 -免疫特権環境の人為的制御法の開発に期待-

2018.08.01
研究成果Life & Health

 九州大学生体防御医学研究所の福井宣規主幹教授、宇留野武人准教授、大学院博士課程3年生の櫻井哲哉らの研究グループは、慶應義塾大学医学部の杉浦悠毅講師、末松誠客員教授らの研究グループと共同で、涙の中に含まれるコレステロール硫酸(Cholesterol sulfate)という脂質が、免疫細胞の動きに重要なDOCK2というタンパク質の機能を阻害し、眼を炎症細胞の浸潤から守る働きをしていることを世界に先駆けて発見しました。
 免疫系は、病原微生物などの異物を速やかに排除し、生体を守るために進化した必須の防御システムですが、過剰な免疫応答は、正常組織も攻撃するリスクをはらんでいます。このため、生体には免疫監視機構が発動しにくい組織や空間が存在しており、これらを「免疫特権部位」と呼びます。眼もその一つであり、これまでにいくつかのタンパク質が免疫回避に働くことが報告されていますが、生理活性脂質の役割については不明でした。研究グループは、免疫細胞が動くために必須の分子DOCK2に着目し、その阻害物質の探索を進める過程で、コレステロール硫酸がDOCK2の働きを強力に抑制し、免疫細胞の動きを止めることを発見しました。マウスを用いた詳細な解析の結果、コレステロール硫酸は、涙に脂質成分を供給する組織であるハーダー腺(ヒトのマイボーム腺に相当)で大量に産生されており、実際に、涙の中には多量のコレステロール硫酸が含まれていました。コレステロール硫酸が産生できないように遺伝子操作したマウスでは、紫外線照射や抗原投与により、免疫細胞の浸潤を伴う眼の炎症が悪化しました。一方、この炎症は、コレステロール硫酸を点眼することで抑制されました。このことから、コレステロール硫酸は、免疫特権を人為的に付与したり、剥奪するための標的分子となることが期待されます。
 本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の革新的先端研究開発支援事業インキュベートタイプ(LEAP)の成果で、2018年7月31日(火)午後2時(米国東部夏時間)に米国科学雑誌「Science Signaling」に掲載されました。

図1 コレステロール硫酸はDOCK2の機能を阻害し、免疫細胞の遊走を抑える
A: コレステロール硫酸は、硫酸基転移酵素Sult2B1bの働きによってコレステロールから生成される。
B: 様々なステロイド分子の中で、コレステロール硫酸のみが特異的にDOCK2のDHR-2領域に結合する。
C: コレステロール硫酸は、DOCK2によるRac活性化を阻害する。
D: コレステロール硫酸は、DOCK2に依存したT細胞の遊走を抑制する。
E: コレステロール硫酸は、好中球の遊走を抑制し、一定距離内への侵入(赤ライン)をブロックする。

図2 CSは眼や涙中に大量に存在する
A: CSの産生酵素Sult2B1bはハーダー腺に最も強く発現している。
B: CSはハーダー腺で最も大量に産生され、Sult2B1b欠損マウスの各組織ではほぼ完全に消失する。
C: CSは涙の中にも多量に含まれる。
D: CSは前眼房に局在する。左の写真は、眼球内のCSを質量分析イメージング法で可視化した像。色調はCSの量を表す(赤:高い;緑・青:中程度;黒:無し)。右の写真は、ヘマトキシリン-エオジン染色による眼球の全体像。

図3 CSは、眼の炎症制御に重要である
A: 紫外線照射後の前眼房への炎症細胞(好中球)の浸潤は、Sult2B1b欠損マウスでは亢進し、CSの点眼によって抑えられる。
B: 花粉感作による結膜への炎症細胞(T細胞)の浸潤は、Sult2B1b欠損マウスにおいて亢進し、CSの点眼によって抑えられる。

研究者からひとこと

免疫細胞の動きに重要なDOCK2の阻害物質が、涙の中にあることは予想外の発見でした。免疫特権環境の理解と応用につながることを期待して、今後もさらに研究を進めて参ります。

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