Research Results 研究成果
かゆみは、掻きたいという欲望を起こさせる不快な感覚です。通常では、皮膚の異物(ダニなど)を引掻くことで除去する自己防衛反応と考えられています。しかし、皮膚炎などで起こる慢性的なかゆみは、過剰な引掻き行動を起こし、それが原因で皮膚炎が悪化、さらにかゆみが増すという悪循環に陥ります。これは「かゆみと掻破(そうは)の悪循環」といわれ、かゆみを慢性化させる大きな原因と考えられています。しかし、どのようなメカニズムでかゆみが強まり、過剰に引掻いてしまうのかはよく分かっていません。
九州大学大学院薬学研究院ライフイノベーション分野の津田誠教授、古賀啓祐特任助教、薬学府修士課程2年の山方涼大学院生らの研究グループは、慢性的なかゆみを発症する接触性皮膚炎モデルマウスを用いて研究を行い、アストロサイトと呼ばれるグリア細胞から放出されるタンパク質「リポカリン2」が、炎症を起こした皮膚からのかゆみ信号を脳へ伝える中継地点の脊髄神経に作用し、その活動を強めてしまうことを世界で初めて明らかにしました。実際に、ゲノム編集技術を使ってアストロサイトだけでリポカリン2を作れなくしたマウスでは、かゆみ信号の強まりと過剰な引掻き行動、そして皮膚炎がすべて弱くなりました。
この研究成果は、慢性的なかゆみのメカニズムの解明へ向けた大きな一歩となり、将来的にかゆみを鎮める治療薬の開発にも応用できることが期待されます。
本研究成果は、2019年11月28日(木)午後5時(日本時間)に米国科学誌『Journal of Allergy and Clinical Immunology』のオンラインサイトに掲載されました。
通常、皮膚の中のかゆみを起こす物質は、まず、皮膚と脊髄を繋ぐ神経(一次求心性神経)に作用し、かゆみ信号を発生させます。そのかゆみ信号は、脊髄の中にある次の神経に伝わり、この神経はガストリン放出ペプチド(GRP)という物質を出します。GRPは次の神経にあるGRPの受容体(GRPR)に結合し、この神経(GRPR神経)を興奮させます。その信号はさらに脳へと運ばれて、私たちは体のどこで「かゆみ」が起こっているかを知ることができます。
しかし、皮膚炎などで慢性的にかゆい状態では、脊髄後角アストロサイトが活性化し、それが作り出す「リポカリン2」がGRPR神経に作用し、GRPの働きを強めてしまいます。その結果、ちょっとした弱いかゆみ信号でもGRPR神経が興奮するため、かゆみが起りやすくなってしまいます。アストロサイトは慢性的にリポカリン2を作り出すため、それが慢性的なかゆみとなると考えられます。
アストロサイトだけでリポカリン2の遺伝子を編集する技術などを使うことで、なぜかゆみ信号が強まってしまうのかという疑問に1つの答えを見つけることができました。今後さらに研究を重ね、慢性的なかゆみの全容解明を目指していきたいと思います。