Research Results 研究成果
鳥や魚の群れ、微生物などは、自律的に動き多数集まることで、秩序だった集団運動(注1)を示す群れを形成します。このように自ら動き、組織化していく物質群はアクティブマター(注2)と呼ばれ、物理学から生命科学、工学まで広く研究が行われています。群れ運動は分子スケールの極微の世界にも現れます。植物細胞内では生体分子モーターによって自走する細胞骨格フィラメントが群れをなし、細胞の形の制御で重要な役割を担うと考えられています。しかし、細胞骨格フィラメントの群れ運動(以下では単に群れ運動)をどのようにして操るのか、秩序だったパターンをどのように作るのかという「分子の群れの交通ルール」は明らかにされていませんでした。
九州大学大学院理学研究院 前多裕介 准教授、理学府修士課程の 荒木駿也 大学院生、博士課程の 別府航早 大学院生らの研究グループは、北海道大学大学院理学研究院 角五彰 准教授、Arif Md. Rashedul Kabir 同特任助教らの研究グループと共に、生体分子モーター(注3)によって運動する細胞骨格タンパク質の群れを交通整理する新たなルールを見出し、このルールを利用して細胞内にみられるような細胞骨格の壁構造を作り出すことに初めて成功しました。
本研究グループは、細胞骨格フィラメントが群れる際に運動の方向を揃えていく点に着目し、運動方向の揃え方を精密に制御できる新しいマイクロ流体デバイス(注4)を構築しました。その結果、細胞骨格フィラメントの衝突にはパターンがあり、そのパターンをもとに衝突角度を制御することで群れ運動の方向制御を実証しました。さらに、明らかにした群れ運動の制御法から、植物細胞に見られるような細胞骨格の壁構造を構築することにも成功しました。本研究で得られた知見から、分子の群れを操る基本的なルールが明らかになるとともに、生体分子モーターの化学エネルギーで動作する革新的デバイスの開発につながると期待されます。
本研究成果は、2021年12月7日(米国東部時間)に米国科学雑誌「Nano Letters」で公開されました。
用語解説
注1) 集団運動
鳥の群れや魚群の渦など、自律運動する物体・物質群(アクティブマター)が多数集まって、互いに向きを揃えるなどの相互作用をすることで出現する特徴的な運動様相。
注2) アクティブマター
自律的に動き、互いに相互作用しあう粒子の総称。小さいものでは微生物バクテリア、真核細胞、アリなどの昆虫、さらには魚や鳥、ヒツジやヒトなど大型動物も含む。近年は、自律的に運動するコロイド粒子も含み、生物・非生物を問わない広い概念となっている。
注3) 生体分子モーター
アデノシン三リン酸(ATP)を加水分解することによって生じる化学エネルギーを運動エネルギーに変換するたんぱく質。代表的なものとして、アクチンの上を動くミオシン、微小管の上を動くキネシンやダイニンが挙げられる。本研究では、キネシンが微小管上を動く力を利用した微小管の運動を観測した。
注4) マイクロ流体デバイス
微細加工技術を利用して100万分の1メートル(マイクロメートル)~1万分の1メートル(100マイクロメートル)程の幅や厚みをもつ微小な流路や容器からなる小さなデバイス。透明で顕微鏡観察に適している。