Research Results 研究成果
東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻の平井誠也 大学院生、東京大学定量生命科学研究所クロマチン構造機能研究分野の胡桃坂仁志 教授らのグループは、大阪市立大学大学院工学研究科化学生物系専攻の立花太郎 教授、九州大学生体防御医学研究所の富松航佑 助教、大川恭行 教授らのグループとの共同研究で、マウスのヒストンH3mm18による新規のDNA折りたたみの基盤構造を解明し、H3mm18が筋分化を制御することを世界で初めて明らかにしました。
真核生物のゲノムDNAは、タンパク質と結合し、折りたたまれて細胞核内に収納されています。このDNAの折りたたみ構造は、細胞の分化にともなって様々な形に変化し、遺伝子の発現を制御しています。DNA折りたたみの基本単位は、ヌクレオソームと呼ばれる構造体で、ヒストンと呼ばれるタンパク質に、DNAが巻きついた円盤状の構造を形成しています。本研究では、はじめに、これまで機能が不明であった新規ヒストン亜種(注4)H3mm18を含むヌクレオソームを試験管内で再構成し、クライオ電子顕微鏡解析と生化学的解析を組み合わせることにより、ヌクレオソームの詳細な立体構造と性状を解明しました。その結果、H3mm18が通常のヌクレオソームに比べ、DNA末端の運動性が高く、不安定なヌクレオソームを形成するという性質を見出しました。さらに、骨格筋細胞内の遺伝子発現を解析することで、H3mm18が筋分化に重要な遺伝子制御を担っていることを突き止めました。
本研究で明らかになった構造情報は、筋肉の発達異常に対する化合物を探索する上での基盤となり、創薬や再生医療への発展が期待されます。
本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(ERATO)「胡桃坂クロマチンアトラスプロジェクト」(研究総括:胡桃坂仁志、JPMJER1901)、JST 戦略的創造研究推進事業(CREST)「細胞ポテンシャル測定システムの開発」(研究代表:大川恭行、JPMJCR16G1)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(BINDS)「エピジェネティクス研究と創薬のための再構成クロマチンの生産と性状解析」(代表:胡桃坂仁志、JP20am0101076)、及び日本学術振興会(JSPS)の科学研究費助成事業 新学術領域研究(研究領域提案型)「ヌクレオソーム高次構造とダイナミクスの解析によるクロマチン潜在能の解明」(代表:胡桃坂仁志、JP18H05534)、新学術領域研究(研究領域提案型)「細胞核・クロマチン構造のダイナミクスと遺伝子制御」(代表:大川恭行、JP18H05527)の支援を受けて実施されました。また、クライオ電子顕微鏡解析は、AMED BINDS(代表:吉川雅英、JP19am0101115)からの支援を受けて実施されました。
用語解説
(注1)ヒストン
ヌクレオソーム(注2)を構成する塩基性タンパク質。H2A、H2B、H3、H4の4種類が存在し、各二分子ずつ含むヒストン複合体にDNAが巻きつくことでヌクレオソームを形成する(図1)。
(注2)ヌクレオソーム
4種類のヒストン(注1)タンパク質からなる複合体にDNAが約1.7回巻きついた円盤状の構造体。真核生物のゲノムDNAの折りたたみ構造を決める基本単位(図1)。
(注3)クライオ電子顕微鏡
急速凍結した試料に電子線照射することで、溶液中に近い状態の生体高分子の構造を観察できる装置。2017年に開発者である3人の研究者が、ノーベル化学賞を受賞したことでも知られ、近年の技術革新により高分解能で生体高分子の構造解析ができるようになった。
(注4)ヒストン亜種
主要型のヒストンとは一部のアミノ酸が異なるタンパク質。主要型ヒストンがゲノムDNAの複製期に多く発現し、新たに合成されたゲノムDNAに取り込まれる一方、ヒストン亜種はDNA複製期非依存的に発現するものが多く、主要型ヒストンに変わってヌクレオソームを形成することで、ゲノムDNAの折りたたみを調節し、遺伝子発現を制御する。
タイトル: | Unusual nucleosome formation and transcriptome influence by the histone H3mm18 variant |
著者名: | Seiya Hirai, Kosuke Tomimatsu, Atsuko Miyawaki-Kuwakado, Yoshimasa Takizawa, Tetsuro Komatsu, Taro Tachibana, Yutaro Fukushima, Yasuko Takeda, Lumi Negishi, Tomoya Kujirai, Masako Koyama, Yasuyuki Ohkawa, and Hitoshi Kurumizaka |
掲載誌: | Nucleic Acids Research |
DOI: | 10.1093/nar/gkab1137 |