Research Results 研究成果

常温常圧の極めて温和な反応条件下で、窒素ガスを含窒素有機化合物へ

直接的かつ触媒的に変換することに世界で初めて成功! 2022.10.24
研究成果Technology

ポイント

  • ピンサー型配位子をもつモリブデン錯体を用いることで、常温常圧の極めて温和な反応条件下で、窒素分子から含窒素有機化合物へと直接的かつ触媒的に変換することに世界で初めて成功した。
  • 人類の生命活動維持に必須なDNAやタンパク質などに含まれる含窒素有機化合物は、エネルギー多消費型の工業的合成法であるハーバー・ボッシュ法により供給されるアンモニアを原料として、合成されていた。
  • 本研究成果は、地球中に豊富に存在する窒素ガスから、アンモニアを経由せずに、直接的にかつ触媒的に含窒素有機化合物を合成することが可能であることを示した。

概要

 窒素原子(N)は、タンパク質や核酸などの生体分子に含まれる、生命にとって必須の元素である(図1)。窒素を含む有機化合物を合成するための原料として、空気中に大量に存在する窒素ガス(N2)の利用が考えられるが、窒素ガスは非常に反応性に乏しいため、直接利用することができない。現状では、窒素ガスと水素ガスとを高温高圧の極めて厳しい条件下、鉄系触媒を利用して反応させることでアンモニア(注1)を合成し(ハーバー・ボッシュ法、注2)、これを出発原料として、さまざまな含窒素有機化合物(注3)へと変換する手法がとられている。ハーバー・ボッシュ法は工業的なアンモニア合成法であるが、水素ガスの原料として石油・石炭・天然ガス等の化石燃料の利用を必要とし、人類が地球上で消費する全エネルギーの内数%を消費するエネルギー多消費型プロセスである。東京大学大学院工学系研究科の西林仁昭教授らの研究グループ、九州大学先導物質化学研究所の吉澤一成教授らの研究グループ、大同大学の田中宏昌教授らの研究グループは以前、PCP(リン—炭素—リン)型ピンサー配位子(注4)を有するモリブデン錯体が、常温常圧の温和な反応条件下で窒素をアンモニアに変換する極めて高活性な触媒として働くことを見出している(図2a)。今回同グループは、アンモニア合成に用いたものと同一の触媒を用い、常温常圧の極めて温和な反応条件下で、窒素ガスを直接的かつ触媒的に含窒素化合物であるシアン酸イオン(NCO−)へと変換することに成功した(図2b)。これは、分子触媒を用いて窒素ガスから含窒素有機化合物を触媒的に合成することに成功した世界初の例である。本研究の成果は、ハーバー・ボッシュ法により合成したアンモニアを原料として利用する現行法の代替法として、窒素ガスから直接的かつ触媒的にさまざまな含窒素有機化合物を合成する省エネルギー型反応の開発に向けて、重要な指針となるものであると期待される。
 本研究成果は、2022年10月24日(イギリス夏時間)に「Nature Communications(ネイチャー・コミュニケーションズ)」(オンライン速報版)で公開される予定である。

含窒素有機化合物の例

用語解説

注1 アンモニア(NH3)
ハーバー・ボッシュ法によって合成されるアンモニアは、地球上の約半分程度を占めている(自然界で生成されるアンモニアと同量のアンモニアがハーバー・ボッシュ法で合成されている)。アンモニアは、食糧と等価であるとも考えられる窒素肥料として主に使用されており、例えるなら「人間の体の半分は工業生まれである」とも言える。

注2 ハーバー・ボッシュ法
窒素ガスと水素ガスから鉄系の触媒を用いてアンモニアを合成する方法であり、現在工業的に広く用いられている。開発者のフリッツ・ハーバーとカール・ボッシュにちなんでハーバー・ボッシュ法と呼ばれている。本反応には高温・高圧の非常に厳しい条件を必要とする上、水素ガスの製造に多くのエネルギーを消費するため、世界中での年間のエネルギー消費量の数%がハーバー・ボッシュ法に使われていると言われている。「空気からパンを作る」方法と呼ばれる。

注3 含窒素有機化合物
炭素-窒素(C-N)結合を含む有機化合物のこと。DNAやタンパク質などの生体分子や、プラスチックや化学繊維などの日用品に至るまで、私たちの身の回りの数多くの物質に含まれる重要な化合物群である。

注4 ピンサー配位子
遷移金属を含む同一平面上の3方向から3つの配位原子が結合する配位子。1分子の配位子が3点で金属と結合することで強固な結合を形成でき、高い熱的安定性を与える。

論文情報

雑誌名:Nature Communications
論文タイトル:Direct synthesis of cyanate anion from dinitrogen catalysed by molybdenum complexes bearing pincer-type ligand
著者:Takayuki Itabashi, Kazuya Arashiba, Akihito Egi, Hiromasa Tanaka, Keita Sugiyama, Shun Suginome, Shogo Kuriyama, Kazunari Yoshizawa* and Yoshiaki Nishibayashi*
DOI番号:10.1038/s41467-022-33809-5

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