Research Results 研究成果

透過電子顕微鏡によるナノ粒子焼結を4次元で初計測

~ものづくりのDX化促進による開発コストの削減に期待~ 2023.06.05
研究成果Technology

ポイント

  • 材料開発と安定性評価に要する材料ナノ組織の熱活性化過程の可視化
  • 粉末焼結過程のナノレベル4次元(3次元空間+時間)計測を初めて達成
  • 実計測に基づいたものづくりのDX化促進による開発コストの大幅な削減に期待

概要

 粒子を加熱すると融点よりも低い温度で粒子同士が結合する現象は焼結と呼ばれ、私たちの身の回りでは陶器を始めとして幅広い製品に利用されています。最先端のものづくりの現場では、例えばナノメートルサイズまで細かくした銅粒子を電子回路基板上に塗布して焼結することで、薄型・軽量な電子回路をつくることが可能となっています。このようにナノ粒子は我々が目にするようなマイクロ~ミリメートルの粒子よりも低温で焼結し、少量でも機能を発揮することから、省資源、低コスト、低環境負荷という、これからのものづくりへの要求を満たせる材料として注目されています。ナノ材料には通常の材料には無い性能や性質が見込まれることから、こうした材料に対する解析技術を確立することは、更なる技術革新の種を見つけることにつながります。
 今回、九州大学先導物質化学研究所の井原史朗助教、斉藤光准教授、村山光宏教授、ならびに同大学大学院総合理工学府の義永瑞雲氏(修士課程修了、現在株式会社凸版印刷勤務)、和田皓太氏(修士課程在学)、同大学院総合理工学研究院の波多聰教授、株式会社メルビルの宮崎裕也氏らの研究グループは、試料を大気にさらすことなく透過電子顕微鏡(TEM)[用語 1]に輸送可能な加熱その場観察[用語 2]用のTEM試料ホルダー[用語 3]を開発し、平均粒径が150 nmの銅ナノ粒子が焼結する過程を3次元で捉えることに成功しました。
 ナノ粒子は体積に対して表面積が非常に大きく、言わば表面に相当する領域が粒子の大部分を占めるため、通常では問題にならないような大気中の塵や水分の付着等でも焼結挙動が変化してしまいます。TEMでは電子線を試料に照射することで観察を行いますが、この電子線照射によって試料や装置表面の僅かな付着物が試料上に凝集し、汚染となって焼結を妨げてしまいます。また、TEM観察によって3次元可視化を行うためには、医療現場でも活用されているX線CT[用語 4]検査のようにいろいろな角度から多数の画像を撮影する必要があるため、上述したような電子線による試料汚染が生じやすく、さらに時系列データの取得を加えようとすると問題が深刻化します。したがって、従来では工業的に用いられるナノ粒子の焼結を3次元直視観察することは困難であると考えられてきましたが、当研究グループは、新たな試料ホルダーの開発を基に大気にさらすことなくTEMへ試料を輸送し観察するシステムを構築しました。さらには、観察中に照射する電子線量を、これまでに報告されている3次元観察の中でも最低レベルまで落とすことで、電子線照射による汚染を回避しました。電子線量を低下させると画像に含まれるノイズが顕著となりますが、ノイズフィルター[用語 5]の適用から3次元可視化まで一連の画像処理を独自に組み合わせることで、銅ナノ粒子の焼結による経時形態変化の3次元可視化、すなわち、3次元空間に時間変化も加えた4次元計測を達成しました。ナノ粒子の焼結過程のナノレベル4次元計測は本研究で初めて達成された成果であり、2023年6月2日(金)午後5時(日本時間)にNanoscale誌に公開されました。

(参考図)銅ナノ粒子の3次元像と加熱によって焼結していく様子を捉えた断層像.

研究者からひとこと

デバイスや材料の高機能化を実現するために材料の微細化が進められてきました。本研究で開発した解析手法は、さらに高度化している現代ものづくりの基盤技術となり得ます。

用語解説

[用語 1]透過電子顕微鏡:高エネルギーの電子線を試料に照射し、試料による電子線の散乱等を利用して物質や生体をイメージングする顕微鏡。今日では原子の並びを直接可視化できるほど高性能(高倍率・高解像度)な電子顕微鏡が市販され、物質や生体の構造を原子レベルで解析することが可能になっている。TEM(Transmission electron microscope).
[用語 2]加熱その場観察:試料を観察中に加熱しながら試料の形態や状態の経時変化を直視観察すること。「その場」で試料を加熱するので、同一粒子、あるいは同一領域の変化を追跡できる利点がある。
[用語 3]TEM試料ホルダー:透過電子顕微鏡(TEM)用の観察試料を保持し、鏡筒への挿入および鏡筒からの取り出し操作を可能とする道具。TEMでは内部を真空に保持できる金属製の鏡筒が用いられる。今日の汎用TEMでは、鏡筒に対して側面から試料を挿入するサイドエントリー式が比較的多く採用されており、この方式では長さ数10 cmの棒状のTEM試料ホルダーの先端に試料を取り付け、鏡筒内へ輸送される。TEM試料ホルダーに加熱、冷却、電圧印加、ガス導入等の様々な機能を搭載することが可能であり、TEM試料ホルダーはその場観察を高度化する重要な開発要素である。
[用語 4]X線CT:X線検査では一方向からX線を利用して物体の内部構造を平面の透過画像として記録する。これに対してX線を物体の周囲(多方向)から照射し、得られた複数の画像をコンピュータにより解析することで3次元的な立体構造を再現する手法をX線CTと呼ぶ。CTは計算断層撮影法(Computed Tomography)の略である.
[用語 5]ノイズフィルター:電気信号や情報に含まれる余分なノイズを除去する素子やプログラム、電子顕微鏡も電気信号を画像(デジタル信号の二次元配列)に変換しているため、像中にノイズが含まれる。ノイズに対する有意な信号強度が十分高ければ問題とならないが、本研究のように低電子線量観察が要求される場合には有意な信号強度が著しく低下するため高性能なノイズフィルターが必要となる。

論文情報

タイトル:In-situ electron tomography for thermally activated solid reaction of anaerobic nanoparticles
著者名:Shiro Ihara, Mizumo Yoshinaga, Hiroya Miyazaki, Kota Wada, Satoshi Hata, Hikaru Saito and Mitsuhiro Murayama
掲載誌:Nanoscale
D O I:10.1039/D3NR00992K

研究に関するお問い合わせ先

先導物質化学研究所 助教
井原 史朗

九州大学 先導物質化学研究所 准教授
情報基盤研究開発センター付属汎オミクス計測・計算科学センター 協力教員
斉藤 光

九州大学 先導物質化学研究所 教授
村山 光宏

九州大学 大学院総合理工学研究院 教授
九州大学 超顕微解析研究センター 兼任教員
波多 聰