chika takatori

自然環境を生かした社会的共通資本

グリーンインフラの創出に向けて

今日、世界諸国で気候変動に伴う海水面上昇、異常気象の増加や震災等の自然災害による甚大な被害が生じています。一方、人口減少期に突入した国内では、都市・農村・里山地域の管理放棄が進行し、自然災害への脆弱性の増大、生態・生活環境の劣化が課題となっています。そうした中、「自然環境を生かした社会的共通資本」であるグリーンインフラを創出し、地域再生、水管理、防災・減災、生物多様性、景観向上、健康増進等の多面的機能を活用していくことが必要とされています。これらの課題にどう取り組んでいるのか、九州大学大学院芸術工学研究院で環境デザインを専門としている高取千佳准教授に話を伺いました。

どんな研究をされているのですか?

景観生態学と都市計画を専門としています。

この研究分野に興味を持ったきっかけは何ですか?

高校までは都市の建築・屋外環境に興味があり、それらをどう生み出すかについて学びたいと思っていました。大学に入学してからは、公共空間を含む都市計画や都市景観・ランドスケープ計画など、建築よりも大きなスケールに興味を持ちました。そこを出発点にこの研究の道を歩み続けてきました。

どのような課題に取り組んでいるのですか?

都市に関する様々な課題に取り組んでいます。まず時を遡ってみますと、都市計画という学術分野は、明治時代に西洋から日本に持ち込まれたものです。都市計画とは、都市が拡大していく中で、どのように多様な用途が負の影響を及ぼしあうことなく、機能的で衛生的な環境を作り出すかを探求する学問分野として出発しました。衛生的な都市環境を目指し、例えば土地利用に関して、商業地域、工業地域、住居地域をどのように配置していくか、またそれをつなぐ交通網をどのように整備していくかが議論されてきました。

そうした機能的な人工的環境を構築する一方で、現代の都市では、気候変動による災害や生物多様性の危機等、自然環境と人間の住む環境の関係性をどのように作り出していくかが、大きなテーマとなっています。例えば、アスファルトやコンクリート等の人工的な被覆・構造物で囲まれた都市部では、ヒートアイランド現象に加え、近年の激甚化する豪雨災害により、水が大地に浸透・貯留せず、短時間で雨水が地表面を流出し、川に急激に流れ込み、大きな被害を巻き起こす洪水を引き起こしています。

このように、私たちは自然環境に影響を受けやすい脆弱な都市をつくってきてしまったこと、さらに、人だけでなく、生物にとっても、持続的に住むことが困難な環境となってしまったことが、大きな課題となっています。私の研究室では、どのように、これから都市を作り替えていく中で、自然の環境と融合した、新しい都市を構築するか、そのための理論と実践に関する研究を進めています。人々の生命、安全を担保し、健康で文化的な生命都市を作る、自然が有する力を取り入れた社会的共通資本は、「グリーンインフラ」と呼ばれています。都市の更新時期を読み解き、持続可能でレジリエントな都市を構築する手法論を検証しています。

現在の研究テーマについて教えてください。

先進国において、日本は少子高齢化・人口減少の課題が顕著です。近代以降の都市計画では、都市の拡大に対し、開発行為からいかに自然環境を守るかに焦点が当てられてきました。しかし、特に中山間部や郊外部では、人口減少に伴って農業従事者が減少してきています。そうした中では、管理の放棄による耕作放棄地が拡大し、自然が都市を浸食する逆転現象も生じます。

The Department of Environmental Design at
													Kyushu University
九州大学芸術工学部芸術工学科環境設計コースの入口

まちなかでも突然イノシシが出没するようになるなど、自然との境界領域の変化により、野生生物による人的・財産面での被害が多く報告されるようになっています。現在の課題は、そうした管理のための労力も限定的になる中で、どのように効果的に配分しながら、土地利用にもメリハリをつけ、人間と自然との本質的な意味での共存・共生できる環境を作っていくのかも重要です。

私の研究室では、景観生態学を専門としていますが、開発と自然保護・保全を二項対立として捉えるのではなく、人工的環境と自然的環境を一体的に捉えながら、景観の構造がどのように機能し、さらに時間的にどのように変化していくかを明らかとする学問分野です。その視点は、今後の人口縮退期において益々重要となるものです。

里山の研究とはどういったものですか?

三重県松阪市の里山(人の手が入りながら田園・自然が管理される二次的環境を中心とした地域)から中山間部を含む地域でも研究を行っています。里山環境を管理するために、例えば森林や農地で、年間どれだけの人間の労力と関与、作業時間が必要なのかを検証しています。このデータは、里山地域の状況を定量的に解明するための指標としても活用されています。さらに、土地の転用や、管理が不足するとどのような悪影響が生じるのか、といったことを検証するのに役立ちます。

例えば、得られた指標から、流域の水の氾濫状況への影響や、獣害をはじめとする野生生物による被害の発生状況を検証していきます。さらに、そうしたデータを活用し、地域住民や関係者と、地域でどのように土地を管理するのかを話し合います。多様な研究者と連携し、今後どう取り組んでいくかについて地域の人々と一緒に検討するワークショップも実施しています。

世界的に見ても、日本列島は里地里山を代表に、生物多様性ホットスポットとして生態的価値の高い島嶼地域であるとされます。2021年12月には、環境省においてもOECM(保護地域以外で生物多様性保全に資する地域)の生物多様性戦略が始まりました。こうした施策も検証しながら、里山の役割や立ち位置についても考えていきたいと思っています。

熱・風環境の研究についてお聞かせください。

熱・風環境研究は、私たちの研究室では主に東京や名古屋といった大都市圏を研究対象としてきました。例えば、東京都心部の研究では、江戸時代の都市環境が残っていたとされる明治初期に、陸軍が非常に詳細な手書きの測量図を残しています。私たちは当時と現在の都市景観を比較するため、軍が残した測量図から得たデータを基に、コンピューター上で6万軒の建物を⼀軒⼀軒3Dで再現しました。

卓越風等を設定した上で、海洋開発研究機構との共同研究により、スーパーコンピューターを活用してコンピューターシミュレーションを行い、明治初期と現代で熱・風環境が変化したかどうかを検証しました。その結果、どうやら江戸時代には、海風が丘陵地の奥まで、谷戸と呼ばれる谷筋沿いに吹き込んでいたことが分かりました。当時は町人地と武家地というように封建制度に基づいた微地形に応じて、居住地が分かれていましたが、台地の突端に位置する大名屋敷・旗本等の土地には、心地よい風が流れ込んでいたことも分かりました。

また、洪積台地では崖線と呼ばれる斜面緑地が、沖積平野では網の目のような水路網が張り巡らされていましたが、これが地域の線的クールスポット(コリドー)として機能していたことも分かりました。一方、現代の港湾部や台地の面的な広い敷地で立ち並ぶ、70mを超える超高層ビル群が、上空の水平方向の海風を攪乱し、垂直構造の下降流も生み出していることが分かってきました。東京駅周辺の大規模再開発の影響を受け、また緑樹が増えたこともあり、背後にある皇居の広大な樹林地では、江戸よりも現代の方が気温が低下していることも分かりました。この研究は明治時代に残された手書きの資料をきっかけに始まりましたが、今ようやく、当時の熱・風環境がどうであったかを初めて理解できたのです。

また、東京の銀座地区を流れる京橋川では、高速道路により埋め立てられていた川を、文化と環境の中心としてよみがえらせようとNPO京橋川再生の会による活動が行われています。私は、高速道路建設によって埋め立てられた水路網が復元されたら、地域の温熱環境にどのような影響があるかを分析し、研究成果の発表を行いました。高速道路の交通需要の低下を受け、今大きく動き始めています。

研究のためのデータはどのように収集しているのですか?

データ収集の方法は様々ですが、例えば最近は、人々が都市空間をどのように移動しているかを明らかにしようという研究に取り組んでいます。この研究では、福岡市の都心部である天神地区と中洲地区に、15台のAIカメラを設置しています。個人情報は即座に破棄され、年齢や性別等の推定情報のみが、データとして蓄積されています。ここから、どのような人がどの時間帯に歩いているか、データを収集しているのです。

例えば、天神駅には4台のカメラを設置し、2022年3月からデータを収集しています。その情報に基づき、都心部の公共空間(例えば、公開空地や広場、公園や街路)の活用可能性を検証し、昨年11月には、天神の地権者団体の方とご一緒に実証実験を実施することで、人の流れがどのように変わるか、どのような属性の人が活用するかの検証を行いました。

AIカメラのデータと共に、GPSも携帯電話からの位置情報も、回遊性の分析には重要です。特定の事業者からGPS情報を収集する場合、その事業者が提供する携帯電話サービス利用者のデータのみが収集されるため、完璧な全体像が得られるわけではありません。一方でAIカメラから取得した情報も、カメラのフレーム内に写った人の流れしかデータを収集できません。今後はこうしたデータを活用し、コロナ以降の急激なインバウンドの増加にも対応できるように、密度マネジメントを行う研究をスタートする予定です。例えば、望ましい混雑、望ましくない混雑を判別し、観光客の方をスムーズに誘導するアプリや、高齢者や障がい者、乳幼児連れの家族等の多様な立場の方が、安全かつ快適に街全体をめぐるための、事業者と連携したデータ連携基盤を構築しようとしています。この研究は、ISIT(公益財団法人九州先端科学技術研究所)や九州大学大学院システム情報科学府、人間環境学府、NEC、福岡市や地権者団体の方々等と共同で行っています。

研究においては、共同研究であることや、市民や他の団体との協力は重要ですか?

例えば、都市には、地域で生活する方・働く方もいますし、建物の管理者もいます。また、行政から人々の生活をサポートする方、企業として人々に価値やサービスを提供しながら、収益をあげることを目標とする方、社会貢献を目指す市民団体の方もいます。それぞれのモチベーションと論理は異なりながらもそのせめぎあいとして都市空間がつくられます。

良い空間は放っておくと勝手にできるわけではなく、そうしたバランスを少し第三者的・俯瞰的な視点でとらえ、形として提案していくことが重要です。街づくりのビジョンを作り、その空間の創出を実現しようとするとき、とても大事なプロセスになります。

私の研究室では、福岡市内の那珂川流域近くの関係するステイクホルダーの方たちと議論しながら、流域における人々の生活の在り方、街の在り方について話し合っています。そこでの議論や意見交換をふまえ、計画を検証するために実証実験を行うこともあります。短期的にやってみて、実際にどのような効果があったのかを検証し、うまくいけばその構想を行政の上位の計画、長期的なビジョンとして位置付けていただくことも目標としています。

那珂川流域の企業、市民団体、水辺の教育活動や一人一花活動を担当する団体の方々と⼀緒に、市民や小学校教員の皆さんにも参加してもらい、データを検証しながら、水辺の空間に新しい環境づくりに取り組んでいます。参加者によって関心や重点が異なり、意見が分かれることもありますが、その中から新しいチャレンジや都市空間の可能性が出てくると思っています。

学生へのアドバイスをお願いします。

都市空間を扱う上では、法・制度、経済、環境、社会学、幅広い分野の教育を受けておく方が理想的です。とはいえ、どれだけ手を広げて学ぶべきかと迷うでしょう。私が学生の頃は、都市生活とその経済的側面が大事であるということを入学直後は気づいていませんでした。

Ohashi Campus, Faculty of Design
芸術工学研究院のある大橋キャンパス

その重要性は、後になって社会とのかかわりが広がる中で、徐々に分かってきました。学生の皆さんには、自分の学部の外ではどんな研究や活動が行われているのかを知り、実際に参加して是非多様な経験を積んでほしいです。一方で、環境デザインの分野は、自らの感性を磨き、手で描く中で相手に自分のビジョンを伝えていくことも必要です。

都市と地元企業との連携は重要なのでしょうか?

今、それはとても大きなテーマになっています。これまで、「公共の場で営利活動をするべきではない」という風潮がありました。都市と民間企業は、別々の場所で活動していたのです。しかし近年ではPPP(官民連携)が注目を集めています。民間企業が持つ独創性や創造力が、公共空間で求められているからです。運営ノウハウを組み込み、⼀定額の収益が見込める空間を作ることは、市民面からも、より良いサービスの享受につながりますし、良いことです。企業にとっても、新しい事業機会を創出するきっかけになります。

例えば、公園内で企業がカフェを設置・運営し、そこで得られた収益の一部を、周辺公園内の樹木や芝生の管理に使用することで、収益の増加と管理コストの低減の両方を達成できます。しかし、その中で生み出されている一つの大きな課題は、社会的包摂(ソーシャル・インクルージョン)です。例えば、公園や河川、街路等は、社会的な困難に直面した人々の居場所として機能する社会包摂の側面も持っていました。社会サービスが届かないそうした人々にとって、生存権の保障にもつながります。しかし、きれいで快適な居場所として、消費やサービス提供に重点が移ってしまった場合には、管理上の問題からも(例えば、公園の入口が時間で閉鎖されるなど)、そうした人々の居場所をどうするのかという大きな問題はまだ根本的に解決されていません。公共の果たすべき役割に対して、企業のサービス提供・利益追及に向けたベクトルのみでは、限界があります。公共・行政側としてもすべてを企業にゆだねるのではなく、綿密な協議の中で、バランスを決める必要があります。

民間部門が、「公園を利益が上がるような美しい場所に」と提案したケースでは、そこは公共の場所としては閉ざされた空間になることもありました。その公園の入口は10時に閉じられてしまいます。つまり見方によれば、その公共の公園の社会的包摂が損なわれたとも言えます。公共の利益を考慮してもらおうとすれば、企業側が協力できることには限界があります。公共・行政側としてもすべてを企業にゆだねるのではなく、責任の範囲について、スペースを貸し出す前の段階で綿密な話し合いをする必要があります。

イタリアの研究グループとの共同研究についてお聞かせください。

イタリアでは、カターニャ大学の研究者らと共同で、公園・農地・緑地へのアクセシビリティについての研究をしています。ここでいうアクセシビリティとは、高齢化、子どもたち、失業者にとってのアクセスのしやすさなどを指しています。

平日や休日の日中、周辺の状況から、市民がどんな緑地や公園をその場所に求めているかを検証します。例えば、休憩ができる場所、人々が集まって会話ができるような広場、あるいはペットを連れてくるのに適した屋外空間などです。私たちは、一緒にマッチング調査を行いました。しかしイタリアと日本では、公園や緑地に対する整備方針や考えが異なっています。

日本では、イタリア以上に、都市公園や近隣公園の利用目的が細かく決められています。近隣の街区公園であれば、主に半径500メートル以内に住む人々が利用することを目的としています。何かしらの広域のサービスが提供される公園や自然公園については、利用目的や利用者はもっと幅広く設定されています。

一方イタリアでは、公園の規模は事前に決めるものではなく、柔軟性があります。イタリアの公園には、仕事をなくして時間を持て余した人が多くいます。集まって他の人とおしゃべりをする人も大勢います。つまり人によって公園の利用目的が大きく異なっているのです。お互いに学ぶことが多くありますが、日本の公園はもっと柔軟になってもよいのかもしれません。また、都市拡大期に作られた公園の使われ方も、時代とともに変わってきますし、公園以外の多様で暫定的な空地も生まれます。現在は、都市部の公園のみならず、そうした空地・農地について、その在り方についても研究を行っています。

ジャカルタでも研究をされたのですか?

ジャカルタでの研究は、名古屋大学の教授の主導のもと、インドネシアの熱環境について検証するものです。ヒートアイランド現象などによって、気候変動が東南アジアの環境に直接的な影響を与え、居住が不可能になる場所も出てくると懸念されています。都市レベルでは、どのような緑地がマスタープランに合っていて、それが人々のライフスタイルにどう影響を与えるのでしょうか。この共同研究では、緑地が気候変動による地域への影響を軽減できるかどうかを判断します。研究を主導する名古屋大学の教授は、気候変動の影響を研究し、将来の予測に役立てています。

人口減少が土地利用に大きな影響を与えるというのは本当ですか?

日本は人口減少が顕著に進んでいる国ですが、人口が減少すると、所有者不明の土地が増えます。都市が開発される時代には、土地価格の上昇が見込まれていました。しかし、人口減少に伴い、土地の価値は必ずしも上昇することが見込まれなくなるとともに、所有者が亡くなった場合に子供世代が土地を相続することになると、子孫が近くに住んでいない場合、相続した土地は、相続税や固定資産税がのしかかるものになります。土地を手放したいと思う人はいても、土地を買いたいという人や管理の責任を負いたいという人は少なくなってきています。また、そうした跡継ぎもいない場合、所有者不明となる土地がたくさん生じます。一方、管理放棄された土地は、その周辺にも、景観の悪化や獣害被害の増加、犯罪など、安心・安全面等で多くの課題を生み出します。そうした土地を、地域として一体的に考え、例えば自然に還すか、集約し効率的な管理を行うか、あるいは有機農場にして、収益性の高い少量多品目栽培を行うなどの考えもあるでしょう。

Faculty of Design at Kyushu University
九州大学大学院芸術工学研究院

しかしそうした土地管理を行おうとしたときに、そもそも土地の権利が誰にあるのか分からないことが問題です。土地利用についての所有者が分からない、また同意を得ることが不可能なまま手が付けられない土地が増えています。これからは、土地の権利を見直す(所有権と管理権は別にするなど)ことやランドバンク等の海外の制度も検討されています。最終的に放棄された土地について誰が権限を持つかは決まっておらず、土地の問題の中でも難しいものの一つです。