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P&Pつばさプロジェクト 研究代表者インタビュー 第4弾 多次元型グラウンディッド・テキストマイニング(MGTM)を用いた「企業の社会的責任(CSR)」の異分野融合研究 法学研究院 大賀哲准教授

人文社会系研究紹介

異分野融合研究インタビュー第4弾:多次元型グラウンディッド・テキストマイニング(MGTM)を用いた「企業の社会的責任(CSR)」の異分野融合研究 法学研究院 大賀哲准教授

P&Pつばさプロジェクトとは
「九州大学アクションプラン2015」に掲げる新学術領域の創出・育成を実現するため、人文科学・社会科学分野の研究者が先導する異分野融合研究を推進し、次世代の異分野融合研究のフラッグシップモデルとなるような研究チームを創出することにより、本学の研究力の底上げを図り、現在及び将来の国内外における本学のプレゼンスを高めることを目的とした本学独自のプログラム。

P&Pつばさプロジェクト 研究代表者インタビュー 第4弾

多次元型グラウンディッド・テキストマイニング(MGTM)を用いた「企業の社会的責任(CSR)」の異分野融合研究
法学研究院 政治学部門 准教授 大賀 哲

 ―― これまでに取り組まれてきた研究についてお聞かせいただけますか。

大賀哲先生(研究室にて)

大賀:私は政治学、とくに国際政治学を専門にしています。対象としては東アジアの国際関係や地域主義を研究していますが、今回のつばさプロジェクトとの関連で言えば、東アジアの人権レジームや人権規範の研究を市民社会や企業等の非国家アクターも含め行っています。その際に方法論としては「言説分析」というアプローチをとっています。
 
 「言説分析」とは何か?と言うと、非常に簡単に言うと、ある時代、ある社会における「言葉」の語られ方に着目して、そのような言葉や語りの体系、特徴、そしてそれが生まれた社会的背景を記述するという方法論です。私の研究はこの言説分析に依拠してまして、国際政治の中でも、政策担当者の言葉、議会の議事録や報告書など、政治的な文脈で使われている言葉に着目して、その政治的な意味を探っていくという研究をしています。 

大賀先生著書「東アジアにおける国家と市民社会」

 例えば、似たような言葉だけれども、政治的な文脈では全然違った意味で使われる言葉があります。戦後の日本外交は、地域主義や地域共同体を表象する言葉として「アジア太平洋」という枠組みを90年代の終わり頃まで用いてきました。雑駁に言うと、「アジア」だけにするとアメリカが除外されてしまうので、日米関係を基軸に考える日本にとっては「アジア」ではなく「アジア太平洋」という言葉をわざわざ使う意味があったのです。
 
 しかし、90年代の後半以降、ASEANと日本が接近したり、ASEAN+3で首脳会議が開催されるようになると、今度は「アジア太平洋」ではなく「東アジア」という言葉を使うようになります。この場合の「東アジア」というのは、アジア太平洋ではなく「東アジア」で、つまりASEAN+3で地域主義を作るということなのです。

 このように「アジア太平洋」と「東アジア」というのは、本来は地理的な範囲を指す言葉に過ぎないし、しかも両者の違いは必ずしも明確ではないわけですが、同時にそこには政治的な意味合いの違いがあり、それを詳しく探っていくのが私の研究の基本的な手法です。

 それが今回のテキストマイニングの活用にもつながっていると思っています。というのも言説分析というのはひとつひとつテキストを追っていく、文字通り原典にあたって読んでいくというきわめて定性的な方法ですが、それをテキストマイニングといった定量的な手法と組み合わせることによって、従来の方法では必ずしも明確ではなかったテキストの特徴や体系が明かになると考えられるからです。

 具体的には、定量的な分析を通じて文書群の特徴を解析し、その具体的な意味や文脈を定性的な分析を通じて解明していくといった手順です。言い換えれば、定性的な方法と定量的な方法を融合させることでより精度の高い分析が可能になると考えています。
 
 今回のつばさプロジェクトでは、企業の社会的責任(CSR)をテーマとして、国際機関や政府のガイドラインを参照しながら、企業のCSR報告書を分析し、そこで人権や環境といった社会問題についてのテキストがどのように現れ、変化しているのかといった「言説」を、定性・定量の両方の側面からアプローチしています。企業の活動とくに多国籍企業の活動は、国家アクターと同様に国際政治にも大きな影響を与えていますので、その企業の中で、とりわけ現実の社会問題との関わりにおいて、どのような論理や規範が「言説」として現れているのかというのは非常に重要な研究テーマです。

―― 「テキストマイニング」とは何かを簡単に説明いただけますか。

大賀:テキスト(文字列、文書群)を分析して、特定の言葉の頻度や、その言葉と他の言葉の関係性を統計的に処理していく方法です。

 先ほどの話で具体例をあげると、90年代の首相の発言、スピーチを見ていくと、「アジア太平洋」という発言が非常に多い。それが、だんだん減っていき90年代半ばから「東アジア」という言葉がどんどん増えていく。これは、言葉の出現頻度を分析するというアプローチです。

 あと、もうひとつは9.11直後のアメリカ大統領のスピーチを対象に同様の分析をしたことがあって、「テロリズム」という言葉がたくさん使われるのですが、「テロリズム」という言葉がどういう言葉と一緒に使われているかというと、「自由」「文明」「脅威」などと一緒に使われているのです。

 「テロリズム」という言葉が単体で使われているだけではなく、「自由の敵」「文明の敵」という文脈で使われているので、「自由」や「文明」、それから「脅威」という言葉がセットで「テロリズム」という言葉が形づくられていくという特徴を見ていくことができます。

―― 今回、「多次元型グラウンディッド・テキストマイニング(MGTM)を用いた「企業の社会的責任(CSR)」の異分野融合研究」というテーマでP&Pつばさプロジェクトに採択されましたが、応募のきっかけは。

P&Pつばさプロジェクト「MGTMを用いた「企業の社会的責任(CSR)」の異分野融合研究」概要

大賀:昨年3月、「異分野融合研究推進のための対話型ワークショップ」(学術研究・産学官連携本部主催)に参加したときに、たまたま中藤哲也先生(情報基盤研究開発センター)と内田諭先生(言語文化研究院)と私が同じテーブルでした。
 
 話しているうちにテキストマイニングを研究で活用しているということが分かり、一緒に何かをしようという話になりました。そこで、テキストマイニングに興味をもつ文系の先生を探してきて最初は7人くらいだったのですが研究会を開催しました。その後も数回の研究会を開催し、タイミング良く「P&Pつばさプロジェクト」の公募が始まったので主要メンバーで応募に至ったという次第です。

 企業行動や企業の社会的責任(CSR)と密接なつながりのある環境問題などを研究対象とされてる先生方も多かったので、テキストマイニングを用いてCSR文書を複数のアプローチから分析するという研究の方向性を固めるのはそれほど困難ではありませんでした。
 
 研究チームも、テキストマイニングを担当する情報工学、それぞれの観点からテキストにアプローチする言語学・倫理学・心理学、具体的な分析を担当する政治学・経済学・経営学・環境学、といったかたちで分担ごとに分け、互いにフィードバックできるような態勢になっています。

―― まだ始ったばかりですが、異分野融合研究をやっていて、面白いこと、難しいと思われることはありますか。

大賀:難しいところとしては、それぞれが持っている方法やアプローチが違うので、コミュニケーションが難しいと思うところがあります。
 
 文系と理系の違いもあるのですが、法学や経済学と、人文学や言語学との違いも結構あって、私からすると当たり前のことでも、当たり前ではなかったり、他分野研究者では当たり前のことが、自分では当たり前ではなかったりというように、コミュニケーションをとるのに、少し時間がかかることがあります。

 逆にいうと、それは利点でもあって、自分たちのアプローチでは、なかなか気づかないようなところが気付けたり、この分野では、こういう方法を使っているということをいろいろと意見交換しながら気づけることもあるので、それは非常に有益だと思っています。

―― 文理融合研究の面白さ、必要性とは何でしょうか。

大賀:文理融合の話は、学問論の話と組織論の話を分けて考える必要があると思います。
 
 組織論の話というのは、文理融合ではなく「文理連携」といったほうが良いのかもしれませんが、たとえば論文を書く時に、「私はここを分担して」、「あなたはここを分担して」というようにそれぞれパートを決めていくやり方です。
 
 このやり方では、一人一人は別のことをしているのですが、論文全体として見ると、いろんな知見が入っていて文理融合・文理連携になっている、これが組織論の考え方です。
 
 他方で学問論というのは、お互いにディスカッションしたり意見交換したりすることによって、例えば私だったら理系の知見が入ってきたり、一人一人の研究者の認識が変わることが学問論としての「文理融合」、先ほどの表現で言えば、文理連携ではない本当の意味での文理融合だと思います。

 ところが、実際の文理融合研究でされていることは、ほとんど組織論ベースの文理連携のことで、論文という成果を見ると、文系の人、理系の人、両方が入っていて、文理融合に見えるのだけれども、個々人としては、自分の分担されているところをやっているだけということが結構多いです。
 
 これは、難しいところでもあり、面白いところでもあるのですが、文理連携にとどめるだけだと、文理融合にはならないのではないかという問題意識を私自身は持っていて、最初はそれが入口になるとは思いますが、そこから、お互いの知見を交換して、自分たちの学問の認識が変わっていくところまでいくと文理融合の意義も大きくなると思います。それが、面白さや必要性になっていくのかなとも考えています。

―― 先日、外部の先生を招いてシンポジウムを開催し、学内学から、遠方からも参加者がいて大成功だったようですね。どのような目的だったのでしょうか。

(左)シンポジウムリーフレット (右)シンポジウム開催風景

大賀:3部構成で、第1部は、テキストマイニングのフリーソフトを作られた立命館大学の樋口耕一先生をお呼びして入門講座を行いました。
 第2部は同じく立命館大学の田中省作先生によるテキストマイニングの事例研究をご紹介いただきました。
 第3部は、デジタル人文学を専門とされている人文情報学研究所の永﨑研宣先生からデジタル人文学の第一線の研究事例をお話しいただきました。
 
 1番目の目的は、我々が研究を進めていく上で、皆さんそれぞれバックグランドが違い、持っている知識のレベルも違うので、我々のレベルを上げるという目的で、テキストマイニングの事例研究をしている研究者を呼んで話を聞きたいということがありました。    
 
 2番目の目的は、デジタル人文学の事例研究を聞くということです。

 私は現代のことを研究しているのでデータを取るのに困難はないのですが、歴史的なことをされている研究者は、データはデジタルの形ではなくアナログの形でしかない。それをテキストマイニングしていくということになると、それをデジタルなデータに変えなければならないので、作業としては非常に困難で、時間がかかります。

 デジタル人文学というのは、今までアナログでやってきた人文学の知見をコンピュータを使って、誰でもアクセスできるようにする、その方法やシステムを考える分野です。ちょうど我々がテキストマイニングのためのデータを準備する際にを行おうとしていることともかなり関係しているので、デジタル人文学の事例研究を学ぶことは有意義であると考えました。

―― 最後に、九州大学の良さとは何でしょうか。

大賀:2つほどあります。
 
 一つは、「P&Pつばさプロジェクト」を申請しようと思った時や、テキストマイニングの研究会を発足しようと思った時に、こういう専門の人がいたらいいなとか、こんな人が共同研究者で入ってくれたらいいなという時に、大体、希望する先生がいらっしゃるということです。総合大学なので、非常にたくさん、いろんな分野の研究者がいらっしゃるので、分野間の融合はやる気さえあれば非常にやりやすいと思います。
 
 もう一つは、他大学の同業者の先生の話などを聞いていると、文系はどんどん予算を削減されていて、切り捨てられる傾向もあるように伺っておりますが、九州大学では、文系の活性化を図るつばさプロジェクトのような文理融合研究の支援や出版支援等を実施していて、文系を大学全体でなんとかしたいという意識があると思います。文系の研究者にとって非常に良い環境だと思います。

先生の研究室でのインタビュー風景

―― 今日はお忙しい中、お話を聞かせていただいて本当にありがとうございました。

聞き手:学術研究・産学官連携本部 研究推進専門員(URA) 米満彩 (2016年3月)

 

P&Pつばさプロジェクト 研究課題
多次元型グラウンディッド・テキストマイニング(MGTM)を用いた「企業の社会的責任(CSR)」の異分野融合研究 

チームリーダー: 法学研究院 大賀 哲
メンバー: 言語文化研究院 内田 諭
  人文科学研究院 吉原雅子
  人間環境学研究院 佐々木玲仁
  経済学研究院 閔 廷媛
  情報基盤研究開発センター 中藤哲也
  工学研究院 清野聡子
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