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デザインの温故知新 -「知識の人間化」を目指した20世紀のグラフィックデザイン・プロジェクト「アイソタイプ」を掘り下げる-

芸術工学研究院 研究紹介

デザインの温故知新 -「知識の人間化」を目指した20世紀のグラフィックデザイン・プロジェクト「アイソタイプ」を掘り下げる-

芸術工学研究院 コンテンツ・クリエーティブデザイン部門
教授 伊原久裕

現代の公共空間のサインや情報端末画面などにおいてすっかり定着しているアイコンやピクトグラム。これらグラフィックの歴史を遡ると、20世紀のグラフィックデザインを代表するプロジェクトのひとつに行き着きます。「アイソタイプ」と呼ばれる視覚化の技法を用いたプロジェクトがそれです。「ピクトグラム」が文字や抽象的記号を除いた図記号や絵文字などを表す一般名詞であるのに対し、「アイソタイプ(ISOTYPE)」は「International System of Typographic Picture Education」の頭文字から造られた造語で、ピクトグラムを用いた視覚教育の体系を指します。考案者は、オットー・ノイラートという名の哲学者、社会学者で、デザイナーではありませんでした。彼はこの方法の理念は「知識の人間化」にあると唱え、科学的事象や社会問題を誰にでも理解できるように視覚化したたくさんの図像を同僚のデザイナーたちとともに生み出しました。

歴史研究と実践との往還

アイソタイプはピクトグラムを用いた統計グラフの手法を中心として、ダイアグラムや科学絵本の挿絵にも応用できる包括的な表現システムとして完成しており、現代においても振り返るに値する試みと私は考えています。これまで英国のレディング大学で推進されていた〈アイソタイプ再検討プロジェクト(ISOTYPE Revisited Project)〉への協力などを通して、このアイソタイプがどのように構想、実践されたのか、そしてそれが世界にどのような影響を与えたのか---その解明を目指しています。
ところで、私は本学のウェブサイトのコンテンツ「データで見る九州大学」のデザインに多少関わりました。このサイトのデザインは、アイソタイプに比べていっそう現代的で動的ですが、情報を正確に分かりやすく、なおかつアトラクティブに伝えようとする考え方においてアイソタイプが参考になりました。そうした実践面でも、アイソタイプ研究は役立つと考えています。

図1.アイソタイプのチャート「人口と家畜(英米の1935-9年の間の平均)」1943年、デザインはゲルト・アルンツ、L.Florence, Only an ocean between, Georhr Harrap & Company Ltd.(London), 1943

図2.アイソタイプのチャート「経済図式」、デザインはゲルト・アルンツ、Otto Neurath, Modern Man in the Making, Alfred A. Knopf (New York) 1939.

図3.「アイソタイプ再検討プロジェクト」の報告書。『ISOTYPE: Design and Contexts, 1925-1971』として出版された。(C. Burke, E. Kindel, S. Walker (eds.), Hyphen Press (London), 2013.12)。私はアイソタイプのアメリカへの影響をテーマとした研究を行いました。

デザイン資源としての活用

アイソタイプの調査では、その影響についての観点から資料を収集しています。教育・研究への使用を目的としていることはもちろんですが、ほとんど類例がないことから展覧会資料としても活用しています。これまで『世界の表象:オットー・ノイラートとその時代』展(武蔵野美術大学、2007年)(図2)や、『イメージの継承と還流』展(多摩美術大学、2016年)(図3-6)などで活用しました。後者は「デザイン資源」に関する研究プロジェクトに基づいた展覧会で、アイソタイプとピクトグラムの作品を少数ながらデザイン資源として展示しました。これらの展覧会では、世界各地の類似作品を収集し比較分析を行いました。今後は、アイソタイプにとどまらず、「紙」「色彩」「文字」などグラフィックデザインの「インフラ」を構築した対象に範囲を広げた研究を計画しています。

図4.〈世界の表象:オットー・ノイラートとその時代〉展図録、武蔵野美術大学、2007

図5.〈イメージの継承と還流〉展、多摩美術大学、2016、写真提供:佐賀一郎(多摩美術大学)

図6.アイソタイプ関係資料の展示、〈イメージの継承と還流〉展、多摩美術大学、2016

■お問い合わせ先
芸術工学研究院 コンテンツ・クリエーティブデザイン部門 教授 伊原 久裕