老いにくいハダカデバネズミから紐解く、健康長寿への道
Discover the Research Vol.16 医学研究院 三浦恭子(みうら きょうこ)
最長で40年ほども生き、がんにもほとんどならない。哺乳類の常識を覆す不思議な生き物、ハダカデバネズミ。九州大学大学院医学研究院の三浦恭子先生は、日本の研究機関で唯一、かつ世界最大規模の飼育・繁殖コロニーを基盤に、このハダカデバネズミの「老化・がん耐性」の謎に迫っています。先端のiPS細胞研究から一転、ハダカデバネズミに魅了され、ゼロから飼育に奔走した16年間の軌跡。そして、手のひらサイズの小さなネズミが教えてくれる、私たちが生涯にわたって健やかに暮らす未来へのヒントを伺いました。
哺乳類の常識を覆す、長寿でがんになりにくいネズミ
ハダカデバネズミとは、一体どんな生き物なのでしょうか?
私たちが研究しているハダカデバネズミは、手のひらに乗るほど小さなネズミですが、げっ歯類の中で最も長寿で、最長で40年ほど生きます。それも、単に長生きするのではありません。非常に老化しづらい、という驚くべき特徴を持っています。
私たちヒトを含め、一般的な哺乳類は年を取るほど指数関数的に死亡率が上がっていきます。20歳より40歳、60歳、80歳と、年齢とともに死にやすくなるのです。ところが、ハダカデバネズミにはそれが起こりません。老化に対する耐性がとても高く、がんの発症率が極めて低いことが知られています。
なぜ彼らは、年をとってもがんや糖尿病、心疾患といった「加齢性疾患」にかかりにくいのか。そのメカニズムと制御因子を解き明かすことができれば、将来、私たちヒトが病気にかかりにくくなる方法を開発できるかもしれないと考えています。
なぜハダカデバネズミを研究しようと思ったのですか?
もともと私は、iPS細胞の腫瘍化リスクや脊髄損傷への治療可能性について基礎研究をしていました。その過程でハダカデバネズミが「がんになりにくい」という事実を知りまして、興味を惹かれていったんです。
ちょうどその頃、さまざまな動物のゲノム配列を高速に読み解く技術が登場したことも、大きな後押しになりました。それまではヒトやマウスなどのモデル動物でないと遺伝子の研究は難しかったのですが「この技術があれば、ハダカデバネズミで遺伝子研究ができる」と考えまして、iPS細胞のフィールドから、ハダカデバネズミの研究へと飛び込みました。
1年半、1匹も生まれない危機的状況を乗り越えて
先生の研究室ならではの特徴について教えてください。
現在、私の研究室では約1,950匹のハダカデバネズミを飼育しており、おそらく世界最大の飼育規模を誇ります。ただ、彼らは長寿動物で、もともと繁殖がとてもゆっくりで、飼育の難易度がとても高い生き物です。
私の研究は16年前、譲り受けたわずか30匹からスタートしました。当時は「ネズミだから、ネズミ算式に増えるだろう」と楽観的に考えていたのですが、なんと最初の1年半、1匹も子どもが生まれなかったんです。あの時は「私の研究はここで途絶えてしまうんじゃないか」と本当に焦りましたね(笑)。
それから飼育員や学生、スタッフの方々と試行錯誤を重ねて、お見合いの方法や相性を観察しながら飼育の環境を改善し続けた結果、ようやく増えてくれるようになりました。今では日本の研究機関で唯一、かつ世界最大規模の飼育拠点となりまして、遺伝子から細胞、臓器まで、さまざまな階層からアプローチできることが私たちの強みです。
学生が見つけた予想外の変化から、思わぬ大発見に
これまでの研究で、印象に残っているエピソードはありますか?
通常、哺乳類は体内に老化細胞が溜まると、慢性炎症などを通じて、さまざまな病気につながると考えられています。しかし、ハダカデバネズミには、その老化細胞を自ら排除する独自のプログラムがあるのです。数年前、この画期的なメカニズムを解明するきっかけとなったのは、ある学生の“うっかり”でした。
当時、培養細胞をわざと老化させる実験を行っていた際、ハダカデバネズミの細胞も普通に老化することが確認できまして、その実験はいったん終了しました。ところがその学生、細胞の入った培養皿をインキュベーター(培養器)の中に、2週間ほど置いたままにしてしまったんです。
後日、「先生、ハダカデバネズミの老化細胞だけが死んでいます!」と驚きとともに、私のもとに持ってきてくれて……。それを見た瞬間、「これは老化細胞になったら死ぬプログラムが絶対にあるはずだ、メカニズムを明らかにしよう」と考えまして、本格的な解明へと繋がりました。こうした偶然や想定外の出来事から、思いがけない大発見が生まれる。そういうところも、研究をしていて面白いところですよね。
学生を指導する際、どんなことを意識されていますか?
研究って、ハマればハマるほど面白くなって、自分からどんどん動くようになるものです。でも、その面白さに気づくまでには少し時間がかかります。最初は受け身の状態が続くかもしれませんが、なるべく早く「どこに着目すれば研究が面白くなるのか」に気づくきっかけを、できるだけ早く与えられるように意識しています。
そして、学生たちにはぜひ私の研究室で研究にハマっていってもらって、ゆくゆくはどんな分野に進むにしても、いろいろなことに興味を持ち、それを真摯に追求する人になってほしいですね。ひとつの研究テーマに向き合い、困難な道のりでも最後までやり遂げる。その経験は、彼らが社会に出てどんな道へ進んでも大きな自信になるはずです。
目指すのは、天寿を全うするまで健康でいられる社会
最後に、三浦先生の今後の展望を教えてください。
一番やりたいことは、やはり「ハダカデバネズミがなぜ年をとっても病気にかかりにくいのか」を明らかにすることです。現在、高齢化社会で人の寿命は延びていますが、平均寿命と、健康上の問題で日常生活が制限されずに暮らせる「健康寿命」の間には約10年の差があります。この差を埋めて、大きな病気にかからずに天寿を全うできる社会をつくるために、私たちは研究で貢献していきたいと考えています。
実は、ヒトとハダカデバネズミが持っている遺伝子は、8割方同じ遺伝子を共有しています。同じ哺乳類で、基本的な生理システムは似ているはずなのに、ヒトは老化して病気になりやすくなり、ハダカデバネズミは老化しにくく、病気にかかりにくい。
つまり、ハダカデバネズミの遺伝子の使い方を理解して、その仕組みをヒトで真似ることができれば、私たちも病気になりにくくなるかもしれません。200歳、300歳まで生きることを目指すのではなく、亡くなる直前まで元気でいられる、いわゆる「ピンピンコロリ」の状態。それを目指して、これからもハダカデバネズミと真摯に向き合っていきたいです。
三浦先生の研究の詳細については、研究室HP「デバ研」をご覧ください。