Research Results 研究成果
ポイント
概要
アカメは、南日本の太平洋側、おもに宮崎県・高知県の沿岸(図1)に分布する日本固有の大型の肉食魚です。人の生活圏に近い場所に生息するにも関わらず、大型個体を目にする機会はまれであることから、釣り人などからは『幻の怪魚』と呼ばれています。近年、アカメの生息に適した環境は減少しており、絶滅が心配されています。私たちは、アカメの遺伝的多様性(用語1)を把握し、保全に必要な情報を得るため、宮崎・高知各1個体ずつのアカメの全ゲノムを決定し、詳しい分析を行いました。
アカメゲノム全体の遺伝的多様性は魚類では最低レベルで、絶滅危惧種であるトキやゴリラに近い値でした(図2)。また、アカメの有効集団サイズ(用語2)は約30,000年前から現在に近い時期まで、およそ1,000個体前後のきわめて低い値で推移していることがわかりました(図3)。
一方で、アカメゲノムの詳しい解析から、主に免疫系に関わる遺伝子が存在する複数のゲノム領域で遺伝的多様性が高く保たれていることがわかりました。このことは、病原体に対する抵抗性を維持する上で必要な遺伝的変異が、平衡選択(用語3)によって維持されてきたことを示しています。
さらに、アカメと同属の近縁種で熱帯域に生息するバラマンディ(用語4)との間で、遺伝子に生じた変異を比較したところ、多くのアカメの遺伝子に正の選択(用語5)が検出されました。これらの遺伝子の特徴や同属他種の分布域などから、熱帯域に生息していた祖先種からアカメが分岐した後、アカメのみが温帯域へ適応進化したことに関係していると考えられます。
これらの結果は、アカメでは長期にわたって少ない個体数で存続してきたことにより遺伝的多様性が低下した一方、生存にとって重要な変異は維持されていることを示しており、アカメが温帯域で独自の進化を遂げ、細々と生き残ってきた歴史を反映しているといえます。
本研究内容は、米国分子・進化生物学会(SMBE)が発行するGenome Biology and Evolution誌の2024年8月号にオンラインで掲載されました。
研究者のコメント
私たちの研究により、ゲノム解析を通じて、アカメの進化史の一端を知ることができました。また免疫系の遺伝子など、多様性が個体の生存にとって重要な遺伝子は一定の変異を保っているものの、アカメの有効集団サイズはきわめて小さいため、多くの有害変異がゲノムに蓄積している可能性があります。アカメの稚魚の生育に適した環境である河口のアマモ場は高知・宮崎ともに減少しており、アカメの存続は予断を許さない状況です。したがって、その生息環境とともに保全を着実に進めていくことが重要です。
用語解説
1. 遺伝的多様性:生物の種内に多様な遺伝子のタイプが存在すること。遺伝的多様性が低い生物は、環境が変化した際に、その環境に適応したタイプの遺伝子を持つ可能性が低いため、絶滅しやすい。
2. 有効集団サイズ:遺伝的に均質な生物個体の集まり(集団)において、実際に繁殖に関わる個体数を一般化したもの。
3. 平衡選択:複数の異なる対立遺伝子(アレル)が集団内に維持されるようにはたらく選択。
4. バラマンディ:アカメと同属の大型肉食魚で、東南アジアからオーストラリア北部の熱帯域の沿岸に広く分布する。以前は、アカメはバラマンディと同種とされていたが、1984年に別種とされた。
5. 正の選択:新しく生じた変異が有利になるような選択。近い過去に正の選択により集団に広まった形質に関わる遺伝子には、正の選択の痕跡が検出される。
論文情報
論文タイトル:Draft genome of akame (Lates japonicus) reveals possible genetic mechanisms for long-term persistence and adaptive evolution with low genetic diversity.
著者:Yasuyuki Hashiguchi, Tappei Mishina, Hirohiko Takeshima, Kouji Nakayama, Hideaki Tanoue, Naohiko Takeshita, Hiroshi Takahashi
橋口康之 大阪医科薬科大学 医学部 生物学教室
三品達平 九州大学大学院農学研究院、 理化学研究所生命機能科学研究センター
武島弘彦 福井県里山里海湖研究所
中山耕至 京都大学大学院農学研究科
田上英明 水産庁
竹下直彦 水産研究・教育機構水産大学校
髙橋 洋 水産研究・教育機構水産大学校
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