Research Results 研究成果

母牛から仔牛へ”腸内細菌のバトン”

~母牛への中鎖脂肪酸給与が腸内細菌叢を制御して仔牛の飼料効率を改善させる~
農学研究院
髙橋 秀之 准教授
2025.10.07
研究成果Environment & Sustainability

ポイント

  • 本研究グループの先行研究によって、仔牛の腸内細菌叢が母牛の腸内細菌叢と関連性があることが示されています。
  • 本研究によって、仔牛の腸内環境を改善させるためには、母牛の腸内細菌叢制御が重要であることを示しました(効果は哺乳期(30日齢)よりも育成期(180日齢)において明瞭であった)。
  • さらに、中鎖脂肪酸(オクタン酸, ※1)を給与された母牛から生まれた仔牛では飼料効率の改善傾向が認められました。このことから、母牛の栄養的介入による仔牛の腸内細菌叢基盤を整える新たなアプローチは、将来的にプロバイオティクス※2等による仔牛への直接介入を補完・増強し得る方策として期待されます。

概要

九州大学大学院農学研究院の山野晴樹大学院生(筆頭著者)、髙橋秀之准教授らは、理化学研究所生命医科学研究センターの宮本浩邦客員主管研究員、大野博司チームディレクター、理化学研究所環境資源科学研究センターの菊地淳チームディレクター、黒谷篤之研究員(研究当時)(現・農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)農業情報研究センター)、理化学研究所光量子工学研究センターの守屋繁春専任研究員、和田智之チームディレクターとの産学共同研究((株)兼松アグリテック、千葉大発ベンチャー(株)サーマス)によって、母牛の腸内細菌叢を制御することで、仔牛の腸内環境がコントロールされることを示しました。

黒毛和種仔牛では、下痢に伴う発育停滞が現場課題の一つです。この問題を解決するために、仔牛へ直接プロバイオティクスやプレバイオティクス(※3を給与し、腸内細菌叢を制御する試みが実施され、有効性が報告されています。一方で、これらの効果をより高めるためには、仔牛の腸内細菌叢の基盤制御が重要であると考えられています。本研究グループは先行研究で、母牛の腸内細菌叢が離乳後の仔牛の腸内細菌叢と強く関連することを明らかにしました(2024年8月29日プレスリリース, ※4)。そのため、母牛の腸内細菌叢制御によって、仔牛の腸内環境をコントロールすることが可能か検討を行いました。

黒毛和種繁殖母牛に、中鎖脂肪酸であるオクタン酸を給与し、母牛と仔牛の飼育成績と糞中細菌叢を解析しました。その結果、オクタン酸を給与された母牛から生まれた仔牛では、飼料効率が改善する傾向が見られました。糞中細菌叢の解析結果、哺乳期の30日齢では、短鎖脂肪酸を産生する細菌(Bacteroides属)とポジティブな関係性が、育成期の180日齢では、炎症性腸疾患に関連する細菌(Candidatus Stoquefichus属)とネガティブな関係性が構造的に重要であることが計算科学的に示されました。これらの結果から、母牛の腸内細菌叢制御は仔牛の腸内環境や飼料効率を改善させる可能性が示されました。将来的には、本研究グループが先行研究で示した仔牛への好熱菌プロバイオティクス(Caldibacillus hisashii ※5)と併用することで、仔牛の発育向上と環境負荷低減の双方に資する次世代型畜産技術の実装に貢献する可能性が期待されます。

本研究成果は、2025年9月29日(月)にSpringer Natureの学術誌である「Scientific Reports」誌に掲載されました。

図 1 本研究の概念図:本研究では、分娩予定日60日前から分娩3日後まで母牛に中鎖脂肪酸(オクタン酸)を給与しました。生まれた仔牛は、哺乳期(30日齢)と育成期(180日齢)の糞中細菌叢を網羅的に解析しました。その結果、オクタン酸を給与された母牛から生まれた仔牛において、30日齢では短鎖脂肪酸産生菌(Bacteroides属)とポジティブな関係性が、180日齢では炎症性腸疾患に関連する菌(Candidatus Stoquefichus属)とネガティブな関係性が因果構造として重要であることが計算科学的に示されました。

用語解説

(※1) オクタン酸
炭素数8の中鎖脂肪酸。自然界では、ココナツオイルやバター、また母乳などにも含まれ、水にはほとんど溶けない性質を持ちます。エネルギー源として利用されやすい中鎖脂肪酸であるため、MCTオイルの成分として利用されます。食品以外にも、化粧品や有機合成の試薬として用いられます。また、抗菌、抗真菌作用を持つと想定されており、補助的に感染症の治療に利用されることがあります。

(※2) プロバイオティクス
腸内フローラのバランスを改善することによって宿主の健康に好影響を与える⽣きた微⽣物。主に乳酸菌やビフィズス菌などの生菌剤。

(※3) プレバイオティクス
腸内に生息する善玉菌のエサになることで、善玉菌の増殖を助ける成分。主にオリゴ糖や食物繊維など。

(※4) 放牧飼育における母牛-仔牛の腸内細菌の伝播と因果構造~仔牛の腸内細菌叢の機能的自立に与える環境諸要因の計算科学的理解~
九州大学関連URL https://www.kyushu-u.ac.jp/ja/researches/view/1141/
理化学研究所関連URL https://www.riken.jp/press/2024/20240829_2/index.html

(※5) Caldibacillus hisashii (国際寄託番号BP-863): これまでに仔牛の腸内細菌叢の改善(バクテロデス門の増加とメタン産生菌の減少傾向)が確認されており、プレスリリースされています。
九州大学関連URL https://www.kyushu-u.ac.jp/ja/researches/view/741
理化学研究所関連URL https://www.riken.jp/press/2022/20220325_4/index.html

論文情報

掲載誌:Scientific Reports
タイトル:Maternal administration of octanoate, a medium-chain fatty acid, improves feed efficiency of Japanese black calves through influencing gut bacteriome structure
著者名:Haruki Yamano, Hiroshi Horike, Yutaka Taguchi, Yudai Inabu, Hirokuni Miyamoto, Atsushi Kurotani, Nonomi Suzuki, Shigeharu Moriya, Teruno Nakaguma, Chitose Ishii, Makiko Matsuura, Naoko Tsuji, Tetsuji Etoh, Yuji Shiotsuka, Ryoichi Fujino, Satoshi Wada, Jun Kikuchi, Hiroshi Ohno, and Hideyuki Takahashi
DOI:10.1038/s41598-025-18490-0