Research Results 研究成果
ポイント
概要
川崎市産業振興財団 ナノ医療イノベーションセンター(センター長:片岡一則、所在地:川崎市川崎区、略称:iCONM)、国立大学法人九州大学(総長:石橋達朗、所在地:福岡市西区、略称:九州大学)先導物質化学研究所、国立大学法人東京科学大学(理事長:大竹尚登、略称:Science Tokyo)および国立大学法人東京大学大学院工学系研究科(研究科長:加藤泰浩、略称:東京大学)は、共同研究成果として、「立体的な安定性に依存しない透明マントが、難治性がんに対するナノ製剤の飢餓療法を可能にする」 と題する論文が、Nature Biomedical Engineering(注1)に11/1 午前1時(JST)付でオンライン掲載されたことを報告致します。
医薬品は静脈注射後、血流に乗って患部へ運ばれ効果を示します。しかしながら、その多くは腎臓から尿中へ、あるいは肝臓から胆汁中へ消失し、または代謝により化学構造が変化するために、実際に作用する量は限定的です。ナノ医療は、そういった従来の薬物療法の効率を改善する目的で、数十ナノメートルのサイズの担体(ナノミセル/ナノマシン)に薬剤を内包し、より多くの量の薬剤が患部に集中して届くようにしたものです。しかし、そのナノマシンも生体から異物として認識されてしまうと免疫細胞の攻撃を受けて破壊されてしまいます。そのため、ナノマシンを生体内にできるだけ長く留めるためには、厳しい免疫監視システムから逃れる透明化技術が必要となります。例えば、ポリエチレングリコール(PEG)で外側を覆うステルスマント(透明マント)は広く利用されています。しかしながら、「飢餓療法」として、がん細胞の生育に不可欠ながんにとっての栄養素を枯渇させるような療法にナノ医療を応用するためには、より長い生体内半減期を持つナノマシンを開発する必要があります。本論文では、ナノマシンの構成ユニットとなるブロックポリマーにおいて、ポリカチオンとポリアニオンからなるイオンペア・ネットワークを介して達成されたステルス効果について報告します。構成ポリイオン間の架橋を特定の閾値を超えて増加させることで、タンパク質の吸着とマクロファージの取り込みを減少させ、半減期が100時間を超える体内循環を可能にすることを示しました。これを基に、がん細胞の生育に必須となるL-アスパラギンを分解するアスパラギナーゼを搭載したナノマシンを、半透過性のイオンペア・ネットワークでステルス化してがん組織の兵糧攻めを試みました。体内循環における半減期が延びたことで、持続的なアスパラギン飢餓が引き起こされ、転移性乳がん(注2)および膵臓がん(注3)に対する治療結果が改善されました。これらの発見は、安定した分子間構造を精巧に設計することで、治療を目的とした薬物送達のためのナノ材料の薬物動態を改善する新たな道を開くと期待されます。
用語解説
注1)Nature Biomedical Engineering :1869年の創刊以来、国際的な科学誌と位置付ける Nature誌の医用工学にフォーカスした姉妹誌として 2017年1月に創刊したオンライン限定誌。2024年におけるインパクトファクターは、26.3。
https://www.natureasia.com/ja-jp/natbiomedeng/about#journals
注2)乳がんは現在、最も頻度の高いがんであり、日本人女性の乳がん死亡率は年々上昇しています。これは1990年代以降に減少傾向を示している欧米諸国とは対照的です。死亡の主な要因は転移性疾患であり、特にトリプルネガティブ乳がん(TNBC)は極めて悪性度が高く、転移しやすく、予後不良です。転移性 TNBC の5年生存率はわずか約12%にとどまります。
注3)膵がんは「がんの王様」とも呼ばれる最も予後の悪い疾患の一つであり、5年生存率は10%未満にとどまります。最新の免疫療法(抗 PD-1 抗体など)でさえ効果を示さないことが多く、その主な理由は腫瘍を取り囲む強固な間質(線維組織を中心にマクロファージなど様々な細胞が凝集したもので、腫瘍血管を圧迫して免疫細胞の腫瘍への流入を妨げる)が薬剤や免疫細胞の浸透を阻むためです。
論文情報
掲載誌:Nature Biomedical Engineering
タイトル:Steric stabilization-independent stealth cloak enables nanoreactors-mediated starvation therapy against refractory cancer
著者名:Junjie Li*, Kazuko Toh, Panyue Wen, Xueying Liu, Anjaneyulu Dirisala, Haochen Guo, Joachim F. R. Van Guyse, Saed Abbasi, Yasutaka Anraku, Yuki Mochida, Hiroaki Kinoh, Horacio Cabral, Masaru Tanaka, and Kazunori Kataoka*
DOI:10.1038/s41551-025-01534-1