Research Results 研究成果
ポイント
概要
私たちは日頃、春の芽吹きや開花、秋の紅葉など、生物の活動を通して季節の移り変わりを感じます。このような生物の季節的な活動はフェノロジーと呼ばれ、特に自力で移動できない植物にとって、気温や日長といった環境の劇的な変化に適応する上で重要な仕組みです。しかし、季節に応答した生物のリズムがどのような遺伝子の働きによって生み出されているのか、そして異なる植物種の間でどのように共通し、あるいは多様化しているのかは、これまで明らかにされていませんでした。
九州大学大学院システム生命科学府の工藤秀一大学院生、同大学院理学研究院の佐竹暁子教授、池崎由佳学術研究員、同大学院比較社会文化研究院の楠見淳子教授、同大学院農学研究院の平川英樹教授、東京大学大学院農学生命科学研究科の磯部祥子教授の研究グループは、九州北部に生育するブナ科樹木4種(図a)を対象に、2年間にわたって毎月葉と芽の遺伝子発現(※1)を調べる解析を行いました。この手法は「分子フェノロジー(※2)」と呼ばれ、季節に伴う遺伝子の発現パターンを可視化できる新しい方法です。研究グループは、ブナ科2種のゲノムを新規に解読し、オルソログ(※3)を同定して分析を進めた結果、種間で1対1対応可能な11749遺伝子のうち約半数が季節に応じて1年周期の発現変動を示すことを明らかにしました。さらに、これら季節的な発現変動を示す遺伝子について詳細な解析を行った結果、12月から2月にかけての冬季に発現する遺伝子はストレス応答や低温応答に関わり、発現するタイミングが種を超えて保存されていることを明らかにしました。一方で、開花制御や組織の成長に関わる遺伝子を含む、春から秋にかけての暖かい季節に発現する遺伝子は、その発現タイミングに種ごとの違いが見られ、開花・展葉時期の多様性を反映していることが分かりました(図b)。
本研究の成果は、植物がどのように冬の寒さに適応し、その仕組みを進化させてきたのかを理解するための新しい道を開くものです。また、今後この手法を応用することで、地球温暖化に伴い暖冬が多くなることで植物に生じる変化を遺伝子レベルで予測することができると期待されます。
本研究成果は、英国の科学雑誌「eLife」に2025年11月25日(火)午後5時(日本時間)に掲載されました。
研究者からひとこと
植物は移動できないからこそ、季節の変化に敏感に応答する仕組みを進化させてきました。本研究で得られた知見は、その精巧な仕組みの一端を示すものです。今後はこの成果を活かし、気候変動に直面する森林生態系の未来を見通す手がかりを探っていきたいと思います。 (工藤秀一)
図 ブナ科樹木4種の比較分子フェノロジー(a:対象としたブナ科4種の系統関係。伊都キャンパスを含む九州北部に生育する個体をモニタリングに用いた。 b:分子フェノロジーの比較から明らかにされた季節によって異なる遺伝子発現パターンの多様性。冬季に有意な低下が見られ、冬に発現する遺伝子は多様化しづらいことを示唆する。)
用語解説
(※1)遺伝子発現
DNAに書き込まれた遺伝子の情報が細胞内で読み取られ、その結果としてタンパク質が作られる過程のこと。これにより細胞は固有の機能や性質を発揮する。DNAの情報が読み取られる際に作られるRNAの量を測定することで、どの遺伝子が、どの組織や細胞で働いているかを網羅的に調べる方法を「トランスクリプトーム解析」と呼ぶ。
(※2) 分子フェノロジー
開花や展葉、休眠といった生物の季節的活動(フェノロジー)の背後にある、季節的な遺伝子の働きを調べるための手法。実験室の均一な環境ではなく、変動する野外環境下に生きる植物から、葉や芽などの組織を採取し、トランスクリプトーム解析を行うことで、季節に応じた網羅的な遺伝子発現を定量化する。
(※3) オルソログ
共通の祖先遺伝子から由来し、種分化により分岐した遺伝子(群)。異なる生物種間で、遺伝子の働きを推定・比較する上で重要な役割を果たす。
論文情報
掲載誌:eLife
タイトル:Evolution of gene expression in seasonal environments
著者名: Shuichi N Kudo, Yuka Ikezaki, Junko Kusumi, Hideki Hirakawa, Sachiko Isobe, Akiko Satake
DOI:10.7554/eLife.107309.2
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